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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第一章 “歴史を紡いではならない”
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“紡がれていく想い”

「カイ、しっかりしてッ!」


「おい、カイッ! 正気に戻れッ!!」




 それでも二人の声は聞こえない。

 僕はずっとずっと叫び続けた。声が枯れるぐらいに。

 けど、唐突に終わりを迎えた。




「いい加減にしろッ!!」




 僕は思いっきり顔をぶん殴られた。容赦のない友からの“想い”拳だった。




「…いいかッ! カイッ!! 俺の父ちゃんと母ちゃん、イレーネの父ちゃんと母ちゃん、そして、お前の父ちゃんと母ちゃんも死んだッ!! そして、まだ他の敵は近くにいるッ! 俺たちが次にどうすればいいか分かるだろうッ!? 逃げるんだッ! あの川を渡ってッ! ……お前はそう俺たちに指示をしたッ! そのお前が泣いていてどうするんだッ!? …立て…立て……立つんだッ!!」




 ハイクは僕のことを見据えて叫び続けた。だが、それは僕のことを見下してのものではなかった。

 …僕のことを考えて、想って、思い()ってくれてのものだ。

 ハイクは僕の胸ぐらを掴んで強制的に立たせた。




「……お前は守られた。お前のことを守っておばさんは死んだ…だけど、その死は無駄じゃない。お前という命を繋いだんだ。……その命を…お前が無駄にするようなことしてどうするッ!? お前は、おばさんの“想い”を(つむ)いでいかなきゃいけないんだッ!! おばさんの死を悲しむくらいなら、おばさんを悲しませるようなことをするなッ!! ……俺がお前を許さねぇッ!!」




 ハイクに胸ぐらを掴まれたままの手が、さらに高く上がり、僕はなす術もない状態になった。


 だけど、そんなにも熱い想いを持って接してくれた…ハイクの手は震えていた……。


 震えながらも、僕のことを想って叱ってくれた。


 ……ハイクも辛いのに…僕のことまでかまえる程の感情を…持ち合わせていないような状況で、わざわざ僕に教えてくれた。


 ハイクも途方に暮れたいぐらいの状態でありながら…自分の感情を押し殺してまで…僕のことを救おうとしてくれた。




「……ありがとう、ハイク。もう…大丈夫だよ。もう、自分でも立ち上がれるから」




 僕は力ない言葉しかだせなかったが、ハイクは少しだけ宙に浮いていた僕の身体を、床に降ろしてくれた。


「そうか、それならいい。…さぁ、もう行かなきゃな……お前も早く、別れを済ませてから来いよ」


 ハイクはそれだけを告げると、家から出て行った。

 僕達の成り行きを見守っていたイレーネがいるだけだ。


「……カイ、そんなに時間がないけど、ちゃんと言いたいことは言ってから出てきてね。後悔のないように…別れの挨拶を済ませるのよ」


 イレーネは僕の肩に手を置いて、こちらを気遣うような視線でそっと呟いて、外に立ち去った。

 二人が見ていない状況になり、それでも二人に言われたことに対して軽く頷く。




「ハイク、イレーネ、ありがとう」


 聞いていないであろう二人にお礼を言った。

 後でもう一度…ハイクとイレーネにちゃんとお礼を伝えなきゃ。






 僕は…父さんと母さんと向き合う。




「父さん、母さん……僕、行くよ。この村を出て、隣の国に逃げる。それから…世界を見てくる。ハイクとイレーネと一緒に。……僕達だけの秘密の夢だったんだ。父さんと母さんには内緒にしていたけどね…えへへ……。僕はハイクとイレーネのことを守りたい。……でも、二人は僕よりも強いんだ…情けないよね。僕は女の子のイレーネよりも弱いんだよ。イレーネは凄いよ、あんな僅かな時間で立ち直ってみせた。仇の敵と戦おうって思える程に。だけど…僕は……」




 ……言葉に詰まる。


 僕は未だに立ち直れていない。それでも…




「…それでも、僕は誓う。僕はハイクとイレーネのことを守り…助け合えるようになれるぐらいに…強くなってみせる。僕は二度と…自分の家族を失うようなことはしない……約束だ」




 僕は父さんと母さんに誓いを建てた。

 

 一方的な誓いだ。


 それでもいい、それだけでいい。


 それだけで前に歩いていけるような気になれた。




 父さんと母さんが、まだそこに居てくれているような気がした。


 僕はまだ父さんと母さんに語り続ける。




「……父さんと母さんの子供であれたことを誇りに思う。今は、父さんと母さんのお墓を建てられない。だから、二人のお墓を建てられるように、僕は印をつけておく。……僕は必ず、この地に戻る。そして、父さんと母さんの残してくれた想いを紡いでいく、紡ぎ続けていく。それは僕の使命だ。二人が守り繋いで紡いでくれた僕の命は、決して無駄にはしない。父さんと母さんが誇りに想えるような子供として、僕は一生懸命に、生きて、生きて、生き続けていくよ……」




 …いけない。話しかけていたら、また感情が溢れてきて泣いてしまった。


 僕は目から流れてくる涙を拭って、父さんと母さんに近づく。


 父さんのことを抱きしめ、母さんのことも抱きしめた。


 別れの挨拶を済まし、父さんと母さんの身体からある物を取って物置部屋に向かった。




 ──※──※──※──




「……カイ、そろそろ行こう。もう行かなきゃ、そろそろ不味いわよ」


「うん、ありがとうイレーネ。待たせてごめんね。行こうか」


「…えぇ、ハイクも待ってるわ」


 時間にして、それ程経っていないが、その僅かな時間が今の僕達の生命線。

 その些細な時間の見極めをイレーネは慎重に判断してくれて、僕のことを呼びに来てくれた。


 僕は全ての感情を父さん母さんに吐露した。やりたいことも成し終えた。

 …悔いはない。物置部屋から出て父さんと母さんの姿を尻目に見つめながら、後ろ髪を引かれる想いで、家の外に出た。




 ………じゃあね、父さん、母さん。




「ハイク、ごめんね。待たせちゃったね」


「…大丈夫だ。もう…本当に出発していいんだな?」


「うん、もう言いたいことは伝えた。伝えきった。だから、僕は父さんと母さんの想いを紡いでいかなきゃいけないんだ」


「そうか……いや、そうだな。……俺も父ちゃんと母ちゃんの想いを背負って紡いでいかなきゃな」


「そうね。私も…お父さんとお母さんの残してくれたものを紡いでいくわ」


 僕達は一致した。それぞれの家族の想いを未来に紡いでいくことを。


「ハイク。一つお願いがあるんだ」


「何だよっ、こんな時にか?」


「そう、こんな時だからだ。ハイク、思いっきり矢を放って欲しい。あそこに向かって。これを使ってね」


「……どういう意味だ? 俺らの努力も無駄になるんだぞ」


「逆もまた(しか)りだよ。相手の努力、きっと求めてるであろうものを無駄にするんだ。その方がスッキリしないかい?」


「…私はカイに賛成よ。いいじゃない。私たちに出来る最後の悪あがきよ。お父さん達の努力の賜物を奪われたくないもの」


「わかった、やろう。ただし…すぐに逃げるぞ。もうどこから逃げるか決めてるんだよな?」


「もちろんさ。放ったらすぐに走ろう」


「あぁ、わかった。じゃあ…いくぜッ!」


 ハイクは僕の特製の矢を放つ準備をする。矢をつがえた。

 その矢に僕はあるものをつけた。


 そう、火だ。ハイクの持つ矢に、油を染み込ませた布を巻いて、その矢に僕が火打ち石で火をつけた。

 勢いよく燃える。僕のつけた火の様子を確認したハイクは、すかさずありったけの力を振り絞って火矢を空高くに放った。




 放物線を描きながら、その火矢は黄金に輝く大地に舞い降りた。




 この物語を最初の頃からご覧頂いている方はご存知かもしれません。


 この作品の最初の主題は“Spin A Story 〜紡がれていく想い〜”でした。物語の軸となるテーマにしています。


 果たして、その紡がれていく想いはどこに向かうのか。

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