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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第一章 “歴史を紡いではならない”
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“生きて、生きて、生きなさい”

 僕は叫んだ、必死に母さんと叫び続けた。


 だが、返事をしてくれない……返事をしてよッ! 母さんッ!!!


 母さんの身体を抱き起こした。左肩から右の骨盤の辺りまで斬られていた。


 傷も深い…何より母さんの息が浅い……このままじゃ、このままじゃ母さんがッッッ!!!


「はっ、情けねぇ子供(ガキ)だな。魔法の使い方も知らねぇくせに、親を守ろうとしたらその親に庇って貰いやがって。ハーッハッハッハッハッハッ!!」


 敵は嘲笑する……どうしようもない程の事実だ。笑われて当然だ。

 もし、僕が客観的な第三者の立場でこの光景を見てしまったら、母親の愛の深さに感銘を打たれていたことだろう。

 ……だが、僕は当事者だ。それも、ミスが許されない状況で。


 失敗に失敗を重々(おもおも)しく重ねて…


 …守ろうとしていたのに守られた。救いようのない稚拙な存在だ。


 救うに値しない者が救われた。僕は僕のことを卑しく思い、卑下し、卑屈な者と感じざるを得ない。


 返す言葉は……どこにも見当たらなかった。


「こりゃ、傑作だ。これだから知能の低い農奴の子は生きる価値が無いって言われる訳だ。だが、お前は幸せだ。大好きな母親と一緒に死ねるんだからなっ!!」


 敵は、僕を狙って剣を構えた。


 最後のとどめと言わんばかりに天に向けて切っ先を振り上げ、僕の脳天目掛けて剣を大きく振り下ろした。


 ……ごめんなさい。父さん、母さん。僕のせいで死を迎えることを。謝っても許されないことは分かっている。




 自分が受ける当然の報いとして…これから訪れる死を目の前に僕は瞳を閉じた。






 …ヒュンッ!






 一瞬、その音が何なのかわからなかった。

 けれども、間違いなくその音は、剣を振った時に生じる音ではなかった。


「何ッ!?」


 敵は驚きの声を上げ、僕は目を開けた。敵は放たれた矢を剣で薙ぎ払う。


 だが、その刹那を少女は見逃さなかった。


 大振りの構えままに剣が矢を払ったことにより、その動作が思いのほか大きくなってしまった瞬間を。


 大事な身体の中心がガラ空きになった一瞬を。






 …グサッ!!






「…ブハッッ!! ……馬鹿な、この子供(ガキ)以外にも、潜んでいた…だと……」


 敵の腹には、一本の槍が突き刺さっていた。

 間違いなくその槍は、敵の身体を貫いていた。

 少女はおもむろに槍を引き抜くと同時に、敵は床に倒れ込んだ。

 槍が抜かれたことで、身体から大量の血が床に溢れ出る。


「取ったわ…。お父さんとお母さんの仇……」


 イレーネは自分の両親の仇を取ったのに…その表情は儚さと切なさが隠しきれていなかった。

 

 目も(うつろ)になりながら、自分の足元に転がる敵を眺めていた。


 玄関の外から矢を放ったであろうハイクも、イレーネのサポートを見事成功させたにも関わらず……(おぼろ)げな顔で無気力な身体をその地に立たせながら…ただ呆然としていた。


 僕達はこの僅かなひと時の間に両親を失ってしまった。


 ……大切な、かけがえのない存在を失ってしまった。


 すぐには何かをする気にはなれず…僕は二人に助けられたお礼も言えずに…たじろいでしまった。




「……カ……イ」




 …ッ!? 母さんがいま僕のことを呼んだッ!! 

 

 母さんの手を握って語りかける。


「母さんッ! …母さんッ! 僕だよ…カイだよッ!!」


「……え……ぇ、カイ……私…達を…守……ろうと…して……くれて……ありが…とう」


「違うッ! ……僕は…お父さんとお母さんを守れなかった。僕は守りたかったのに、敵に殺されそうになって。………それで…母さんが…母さんが……ッ!!」


 僕を庇って守ってくれた。


 言葉にしたかったのに、声を詰まらせてむせび泣いてしまい、喉から言葉が出てこない。


 ……お願いだ、僕の感情よ…どうかこの束の間の時だけでも感情を抑えてくれ。


 …ただ、母さんと話しをさせてくれるだけで、それだけでいいんだ……




「気に…しちゃ……だめよ……」




 母さんは死が目の前に迫りながら、僕のミスを気にしないでと気遣ってくれた。


 そんなことを言わないでよ…母さん。僕のことを責めていいんだよ……


 ……僕のことを責めてくれたら、どんなに気が楽か……


「カ…イ。あなたに…話さな…きゃ…いけない…ことが」


「…ッ! 何、母さん。僕に話したいことって……」


 僕は母さんを抱き抱えていた状態だった。


 そのまま母さんの耳元に僕の左耳を近づける。






「───はーのーと───はーのーこ…ーを───な…さ……い」






「……ッッッ!? どういう……こと」


 僕は母さんの言葉が上手く飲み込めない。


 言われたことが咄嗟に理解出来なかった。


 いや、()()()()()()()()()


 それじゃあ、僕は……






「生……きて、生き……て、生きなさい……私…の…愛…しい…カイ」






 母さんの弱々しく握られていた手が…その役目を終えたかのように力を失い……僕のことを一心に見つめていた綺麗な瞳はまぶたに閉ざされ…微笑みかけていた優しい表情からは全ての感情が失われた。




「あ」




 僕の中で何かが狂った。




「…あぁ」




 僕の中で何かを失った。




「……あぁぁ」




 僕の中で……全てが…壊れた……






「ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」







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