肩肘
神妙な顔つきが似合わない場所がある。例えばここ…王都の大通りもそうだろう。
シェケムの街に引けを取らない活気があった。闊歩する人と馬の足音、窓際に映る一家団欒の笑い声、服の衣擦れの音…そこかしこに溢れた音はバラバラのようで一体感すらあった。
陽気な音色達が人々を歓迎し、歩く足取りを不思議と軽くさせてくれる。
心踊る音に耳を澄ませていると、商売っ気に富んだ二声をぶつけられる。
「そこの旅人さんっ! アーモンドでも食わんかい? 食べ歩きにもってこいだよ」
「やぁ可愛い嬢ちゃんっ! うちで買うのがお勧めだよっ! こっちのアーモンドの方が美味いし安いっ! さぁ買った買った!」
ギロリと二人のがたいのいい男店主は睨み合う。強面に似合わない小さなアーモンドをちょこんと掌に乗せたまま。
思わず客側であるこっちが仲裁に入らなければと迫られ手を伸ばしかけた時、一人の人物が前へと出る。
「はぁ〜、まだそんな事をやってんのかお前ら」
「まだ…だぁ? ……って、おい…ヨゼフじゃねーかッ!?」
「…おぉッ! 本当だッ! 元気にしてたかッ!?」
旧友であったのかヨゼフに近寄り、槍を振るう商売道具の肩を、そんな事をお構いなしと壊さんばかりに何度も叩く。
ヨゼフは“痛ってーな”と言いながらも…まんざらではなさそうな笑顔だった。
「痛ってて…あ、そうだ。今回の旅で得た仲間達だ。…奥の二人はちげーがな」
僕達を紹介しつつも未だ和尚とクローを認めていないようで、最後の台詞に溜息を交える。
優男はやれやれと両手を上げ、武辺者はフン…と鼻で吐き捨てそっぽを向いた。
「おぉ、随分と仲が良さそうな事で…って、まだ子供じゃないか。この子達が仲間だって? 子供の預かり所でも始めるつもりか?」
「バカやろー。こいつらはそんじょそこらの子供とは違げーぞ。そこの奴なんかは魔物相手にお前らの数倍以上は強ぇーぞ」
「…はぁ? んな馬鹿な?」
「ま、そのうちコイツらの名前が王都で知れ渡るくらいにはなってるだろうよ。…それと、こんな阿漕なやり方はもう辞めろよな、両方とも買ってやるからよ」
店主ら二人に向けてコインを投げる。にっこりと笑った両者もお礼とばかりに小さな麻袋を投げつける。
「…ヨゼフ、阿漕なやり方って?」
「お前が手を伸ばしかけたそれだ。お前はきっと二人から買えば問題が解決出来ると提案しようとした、違うか?」
「うん。それが一番、平和的な解決方法かなぁって…」
「そこをつけ込まれたんだ。お前の良心をな。二人は客前で喧嘩を演じて、両方とも買って貰おうってのが狙いなんだよ」
「「えぇっ!?」」
シャルルと一緒に目を見合わせ困惑を覚える。店主の二人のしたり顔が、また無邪気な笑顔だったのでなおさらだ。
「そ、それはちょっと駄目な事じゃ…もしかしたらこの国の王様に目をつけられてしまうんじゃ…」
「大丈夫だ。バレるまで続けてやるさっ! 人生は楽しんだもん勝ちだ。…だから坊主、そう肩肘張るな。もっとこの王都を楽しめ。もっと笑ってな」
胸を叩いて反省のかけらもありやしない。…けど、じっと僕を見据えて語る台詞には、優しさがあった。
…自分でも気付かぬうちに、緊張が表に出ていたのかな。
……それもそうか、肩の力を抜こう。今はみんなでシャルルの故郷を楽しむべきだ。
隣を見ると、シャルルは驚いたまま顔を固まらせている。
どうやら僕だけに向けたものじゃなかったようだ。シャルルもこの人の在り方に呆れたのか、それとも自分へのものかはわからないが、数瞬の後、薄っすらと微笑む。
「また時間に余裕が出来たら来るからよ。じゃあな」
「それは来ない奴が言う台詞だ。絶対に来いよっ! 連れのアンタらも王都を楽しんでなっ!」
手を振ってさよならを告げる。怖そうな見た目の割に、いつまでも手を振る仕草は…優しかった。
やっている事は褒められたものじゃないけど、根は悪い人達じゃないんだろうな。
口に含んだ塩気のあるアーモンドを噛み締めながら、長い付き合いになりそうな人達に手を振り返した。




