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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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レビノスとシドン

「も、もう行かれるのですか?」


 お礼に食事でもと申し出るシドンであったがシャルルは固辞する。


「もう行きます。目的であったラバヤ準男爵の身体も多少は持ち直せたのです。先を急ぐので」


「シドン様。毎日必ずラバヤ準男爵様に水をお飲ませになられて下さい。毒気が抜けきるまでかなりの時間を要するでしょうが、いつか良くなると信じて続けて下さい」


「君は父の命の恩人だ。必ずそうさせて貰う」


 血色が安定してきたラバヤ準男爵は、近くで成り行きを見守ってくれていた人物に目をとめる。


「…そこにいるのはレビノスか?」


「はい、ラバヤ様。私です…レビノスです」


「少し、近くに寄ってくれんか?」


 ベッドに近寄り膝を屈め、病人のラバヤ準男爵の手を優しく両手で包み込む。


「ラバヤ様…良かった。本当に良かった」


「…お前がこの御方達を連れて来てくれたのだろう。シドンもお前がいたからこそ、他者を寄せつけない戸を開こうと思ったのだろう。ありがとうな、レビノス」


 全てお見通しだった。レビノスの大きな存在があったからこそ僕達はこの場にいる。古くからの馴染みの彼だからこそシドンは僕達に賭けてくれたのだ。


「いつまでも息子の友でいて欲しい。時折、こうして周りが見えなくなってしまう。その時はまた…息子を救ってやって欲しい」


「もちろんです。シドンは私がついていないとダメですから…だから安心して下さい。時間が空いた折には、こうしてまた顔を出します」


 言い返そうにも父の手前、また今回の失態の手前…何も言えないシドンであった。

 こんな風に言えるだけの仲なんだ。これからも大丈夫だろう。


「あぁ、頼んだぞ。……シャルル王、この度は誠にありがとうございました。私のような下級貴族のために王が動かれるなど、未だにこれが現実であるとは思えません。この命潰える時まで王陛下への深き忠誠を誓わせて頂きます」


「ラバヤ準男爵…本当に命を失いそうだったんだ。とっても重苦しく感じます」


「ふふふ…そうですな。それが狙いですから」


 軽快な冗談に全員が顔を緩ませる。徐々に元気になってきているのが台詞からも伺える。もう、この地から離れてもいいと…この時、確信に変わった。


「…ラバヤ準男爵。どうかお元気で」


「この恩は、いつか必ずお返しさせて頂きます」


 病床の上で痩せ細った老人は手を心臓に添え一礼をする。いま行える精一杯の礼を持って、ラバヤ準男爵は僕達を見送ってくれた。

 出て行く時の部屋の中は陽の光で満たされ、これからの日々を祝福しているようだった。




「シャルル王、私からも御礼を言わせて下さい。臣下をいたわる善良さを私は目に焼き付けました。私も王のように父を労わり、父を安心させられるようになりたいと心動かされました」


 植物園でシドンと別れを済ませる。名残り惜しそうな目で彼は真っ直ぐに見つめる。


「シドン、貴方はすでに父を深く愛し労わっています。たまたまその愛が空回からまわりしてしまっただけです。だから、今のままの貴方でいて下さい。……最後に一つ、聞かせて下さい。あの毒を売ったという商人についてです。その商人がどこに行ったか知っていませんか?」


「確か…このまま王都に行くと言っていた気がします。何やら重要な用があると言っておりましたが」


二月ふたつき前に王都に行くと? …ふむ、妙な胸騒ぎがしますな。先を急がねばなりますまい、王よ」


 もしかするとまた他の誰かに売りつけている可能性がある。

 和尚の危惧は尤もだ。


「うん、被害の拡大は防がないと。…それに、そんな毒を売った目的を」


 新たな目的を胸に、王都に向けての足取りを早める決意を固める。


「…レビノス。お前のおかげで助かった。お前は正しかった。…ありがとう」


「何を言う。古い馴染みが困っていて、俺の親みたいなラバヤ準男爵様が倒れていたんだ。当然の事をしたまでだ」


 二人の間にわだかまりなどは残らない。信頼しているからこそいつでも本音を明かせるから。


「では、参りましょう」


「皆様の旅路に平安を。皆様の旅路に神からの祝福をお祈りしております」


 深いお辞儀と共にシドンは見送ってくれた。

 その姿は僕達が葦のような植物の中に踏み入るまで同じ姿勢のままだった。

 親を想う子と、子を想う親の姿はとても美しいものであり…いつの時代でも心温まる光景に、暫くの間…頬は緩んだままであるのに気付いたのは、宿に戻ってイレーネに指摘されるまでだった。

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