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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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“父と子“

 中庭から屋敷の回廊に入り、その全容に少々面を食らった。

 思った以上に長い廊下が視界の端にまで続いており、これが回廊部分であるという事実から考えると、屋敷は相当な大きさを有しているのだろう。

 正面から見た時は門と塀に囲まれて全貌が不明であったが、蓋を開けてみると思った以上に壮大な建築物のようだ。


 シドンは何も語る事なくとぼとぼと歩く。黙ってついて来いという意思表示であり、僕達もそうする他なかった。

 二階へと続く階段に差し掛かったのは歩いて十分は過ぎていたと思う。

 ……これ、アルデンヌ侯爵の屋敷よりも大分馬鹿デカいんじゃないかな?

 きっとこの街が昔から重要だと考えられていたからこそ、ここまで大掛かりな建物を先人達も残したかったのかな…。


「………着きました。ここが父の寝室になります」


 貴族の病人がいると言う割には、家人などが扉に控えていたりもせず、それは開かれた扉の内部でも同様であった。

 中は以上に暗い。部屋には停滞した空気が漂い、本当に病人がいるのかも怪しむ程の空間。


 ベールの掛けられた天蓋付きの大きなベッドにその人は横たわっている。

 シドンが静かに歩み寄って、ベールをめくり上げると顔から生気が失われ、いま生きているのも不思議なくらいの男がそこにいる。

 この人が…準男爵か。思った以上に酷くやつれている。本当に僕の魔法で治せるのだろうか。


「…父上、父上。御客人を連れて参りました」


 静かに声を掛けると重く閉ざしていたまぶたをゆっくりしてと開き、顔を傾ける。


「………御客人だと。人を通さないお前が珍しい」


 か細いしがれた声を出すのも精一杯なようで、何とか自力で立ち上がろうとする。


「…ッ!? 父上ッ!! 御無理をなさいますなッ!!」


 咄嗟にラバヤの腰に手を添えて、シドンは父を支える。

 しかし、立ち上がるだけの筋力はもはやない。足腰は衰え、腰を起こすのがやっとだった。


「………お、御客人。この惨めな姿をご容赦願いたい。…ウッ! …ウゥ……」


「ち、父上ッ! お待ち下さいッ!! いま薬を…」


 急いでシドンは部屋の扉を勢いよく開き、どこかに向けて走り去った。

 その間もラバヤは苦しそうに腹を抑え、息も絶え絶えな有り様だ。


「カイ」


「…うん」


 こうなっては黙っても見てはいられない。

 一度、深く深呼吸して上手くいく事を願いながら覚悟を決める。

 病の原因であろう腹部の上に手を触れ、回復魔法を詠唱する。


「癒しの精霊よ。我が願いを聞き届け、我が愛する者を癒したまえ『|治癒《

サーナーティオ》』」


 ぼんやりと手元が金色こんじきに輝き、魔法が室内を照らし出す。

 すると、多少なりともラバヤの顔の血行が良くなり、みるみるうちに痛みが和らいでいるようだった。


「…おぉ、こ、これは」


「癒しの魔法です。少しは気を紛らす程には回復された様子で安心しました。…ですが、根本的な原因を取り除かない事にはお身体の調子は良くならないと思います。僕の魔法は完璧ではないので」


 自身の掌を眺め、体調の変化に驚き戸惑っている。

 …でも、良かった。これなら少しは生き長らえたと思う。


「ラバヤ準男爵。私の事がわかりますか?」


「…すみません。まだ視界が薄くぼやけておりまして、近くで御顔を拝見させて下さい。………ッ!! そ、そんな…あ、貴方様は…」


「この国の王であるシャルル陛下だ。其方の容態を噂で聞き、王が何とか其方を助けたいと動かれたのだ」


「もしや…貴方はシャルル陛下の御側近でございますか? 遠目で御二人の姿を拝見した事がございます」


 下級貴族が王に拝謁する機会などそうそうないのだろう。

 天の上の存在に近いこの国の王がわざわざ自分を訪ねて来た事に、未だに驚きを隠せないようだ。


「気にしないで下さい。…ところで、いつ頃からそんなに体調が悪くなったのでしょう?」


二月ふたつきほど前からです。初めは単なる腹痛だったのですが…段々と痛みが増し、もう身体が動かなる程に弱り果ててしまいました。…痛みも少し引いたら心も軽くなった気分です。本当にありがとうございます」


 辛うじて口角が上がりぎこちない笑顔を浮かべた。

 …けれど、笑顔はとても素敵だ。


「ち、父上ッ! 薬を持って来まし…た?」


 バタンッと大きな音を立てて開かれた扉から聞こえてくる疑問符。

 信じられない光景に戸惑うシドンは身動きすら忘れてしまった。




「……シドン、ありがとう。お前が御連れなさった方のお陰で、ここ最近で一番元気になれた」




「……父上ッ!!!」




 駆け寄る息子の顔に一筋の雫が走った。


 抱きしめた身体は痩せ細り頼りないものだった。


 弱弱しく…手が震えながらも愛する息子を父も抱きしめ、薄く微笑む。


 嗚咽が止まらないまま、人前であるのもはばからず息子は"父上、父上…"と何度も何度も叫び続ける。


 父親はそんな息子の頭に手を置き、無言のままゆっくりと頭を撫で、瞑った瞳の奥から、ただ幾筋もの涙が流れ落ちてゆく。


 きっと…この人はお父さんの事が大好きなんだ。

 だからあんなにも必死に見ず知らずの僕達を遠ざけようとしたんだ。

 父親に害を及ぼすような人を近づけないために。




 二人の目からはいつまでも…いつまでも涙が溢れ、閉ざされた空間の中で、一際…輝いて見えた。




 

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