“着ているもので”
「おい、何を言っているッ!? この御方は王家の紋章を見せてくれたッ! 俺が保証するッ! これ以上の無礼は…」
「余計な口をはさむなレビノス。こんな見窄らしい格好をした子供が王であるとは到底思えない」
「ほう…では、其方の言い分では着ている服によって人の身分を判断していると」
「そうだと言っている。王ならもっと麗しく壮麗な装いをされておいでであろう。下賎な者の出立ちをわざわざ好むなど、王たる者とは無縁の遠き存在だ」
「……シドン、お前は…」
空いた口を閉ざすのも忘れ、友たる者を信じられないものを見る目で呆然とレビノスは眺める。
和尚の質問にも臆せずそれが真実であると盲信しきっているのは返答からも明らかだった。
「……どうやら、貴族という身分の毒と言うのは、たかが一代限りの貴族であろうとも中身を腐らせるのに十分な効能のようだ。…自らは貴族でもない親の栄華に集る虫だとも気付かせぬ程に」
「…ッ!? 何だとッ!? この俺を馬鹿にするのか下賎な者めがッ!!」
シドンを怒りに震えさせるには必要以上の激薬だった。
目元を狂わせ眉間に寄せられた皺(皺)の深さが劇的な感情を体現していたから。
「着ているもので…人の身分や立場が決まるなどあってたまるものか……。王に求められるのは、人心の安寧と国家に平和を維持するための政治の主導、国家の危機に瀕した際に自ら率先して動く国を憂う御心だッ!! この御方は其方の父上を想い人目を忍んでこの薄汚れた衣を身に纏っておられるッ!! その汚れは民と臣下のために働かれた誇りある穢れだッ!! 其方こそ己の身分を弁えよッ!!」
毅然とした態度で和尚は王たる者の理を説いた。
…何やら尋常ならざる想いが込められていた。
国家の危機か…。確かに今は対する国内貴族、いずれ来たる対帝国との戦いに動かなければいけない。
その想いや他者を想い遣れるシャルルだからこそ、今…こうしてこの場に立っているんだ。
───人の想いを知ろうとして。
「うっ…うぐ…」
言葉に詰まり何と言い返していいのかもわからないと狼狽している。和尚の圧に屈し、最初からシドンには反論するだけの建前など存在していなかった。
外見だけで判断する人間とは、人道に基づいた思想や主義からかけ離れた存在なのだから。
「もういい、和尚。それ以上…声を荒らげないで欲しい」
和尚の外套の袖口を摘み、必死に引き止めようとシャルルは懇願する。そして、こう言い放った。
「シドンさん。確かに貴方の目から見れば、ボクなど王と呼ぶに相応しくない外見です。…中身すら取るに足らない未熟な者であります」
目を瞑り、切に自身の至らなさを悔いている。この国の現状にも嘆き強く拳を握り締めながら。
「ですが…それでもボクは…いえ、私はこの国の王です。故にこの立場に与えられた責任から逃げるつもりは毛頭ありません。この紋章に誓って…。この国の民の一人である貴方の父上に逢わせて下さい。もしかしたら貴方の父上の病気を癒せる可能性があるのです」
レビノスに見せた紋章をシドンにも見せる。そこには一本の杖に芽吹いた花びらと大きな実を宿した紋様が刻まれていた。
それが果たして何の意味があるか僕にはわからない。
それでも、シャルルを否定したレビノスでさえ目を見張らせるに足る証であった。
「…し、しかしだッ! お前達が嘘を吐いていて父上に近付こうとする自己の利益を求めた輩で、王を僭称する偽善者であるかもしれないのだッ! そんな者達を逢わせる訳には参らんッ!! ましてや父上の病気をどのようにして治すと言うのかッ!?」
信じない。…信じたくない。そう感じる気迫が言葉にはあった。
「治せるかどうかはわかりません。…治せるかもしれない、ただ、それだけです。けど…その可能性を放棄して、最悪の可能性に至るのを防げるのなら、何度だって言います。………貴方には、ボクと“同じ想い“をして欲しくないのです」
言葉には、かつての人生の最後で経験した取り戻せない時間を…取り戻せない友との最後の別れへの悔いが滲んでいた。
大事な人と共に生きる時間を、少しでも長くいれるのであれば一緒にいて欲しいと切願して止まない。
決して引き下がらずにシャルルは願った。
「本当に…本当に治せるのか?」
微かに心が揺れ動く。この男の目をよく見ると、目元には青く血筋の色が浮かび上がり全体が酷く黒ずんでいた。
…この人はかなり大変な状況にあるのかもしれない。
「断定はしません。ですが、この子なら治せるかもしれないのです。…この子はカイ。私の大事な友です。医者に決して治らないと言われたボクの右手の甲の病気を彼は治してくれた」
「…ッ!? き、聞いた事がある…。王太子は本の虫で右手に不治の病を抱え虚弱であると」
「絶対に治せると約束は出来ません。それでも僕に治せるのであれば御力になりたく存じます。どうか御目通り願います」
頭を下げ、シドンに願う。こちらが彼に歩み寄るための全ては尽くした。後は彼の想いに全てを託す。
「………わかった。こちらからもお願いしたい。付いて来て貰いたい」
僅かな希望にシドンも賭けてくれた。まだ、完全に信じ切ってくれた訳ではない。それなのに大きな一歩を彼も踏み出した。見ず知らずの僕達に淡い未来を抱いて。
僕達はシェケムの領主の屋敷に入る機会を勝ち得た。
だけど、その先に待つ…不可解な出来事をこの時はまだ知らなかった。




