表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第一章 “歴史を紡いではならない”
37/409

分かれ道と別れ道


 おじさんはそのフラグの意味を自覚せず、無愛想なまま少しだけ微笑むという器用なことをしながら尋ねてきた。


「カイ、そろそろ国境の橋が近い。このまま道を真っ直ぐに突っ切って進むよりも、どこかで迂回したほうがいいんじゃないか?」


「そうですね。橋の警備をしている兵士にバレたら厄介です。先程みたいに狼煙をあげられたら討伐軍が村の中心部の殺戮(さつりく)よりも、こちらに多くの兵を遣わしてくる確率が必然的に高まります。村人に逃げられる可能性を少しでも潰そうとするでしょうから……」


「もうじきれ分かれ道に差し掛かる。我々はお前の助言通り左手を目指し進む。…お前達はどっちに進む」


「右です。僕達の家がそちら側なので。…おじさん、最後にお願いがあります。討伐軍にとって僕達が他国に逃げ切るという未来は、後々の禍根になるため必死に殺そうとしてくるでしょう。ですから、この国境沿いにも少なからず兵が追ってくることは間違いありません。……なので、川の渡河は時間をかけずに一気に全員で行ってください。慎重に一人が先に行って安全かどうか確かめたいと考えているかと思いますが…僕を信じて下さい。僕はずっとあの川周辺を色々と見て回ったので間違いありません。さっきお伝えした渡河ポイントから全員で飛び込んで下さい。……全員が助かるにはそれしかないです」


 僕はおじさんの目を見て訴える。時間がかかって渡河をしていることがバレれば川を紅く染める結果になる。

 短い時間だが一緒に逃避行をした仲だ。生き残って欲しい。


「…わかった。お前の言う通り一気に全員で渡る。お前達の家族と会うことを楽しみにしている。向こうで会おうッ! 気をつけてなッ!!」

「はい、おじさん達もお気をつけてッ!」


 おじさんの“向こうで会おう”という言葉には乗らずに別れの言葉を告げた。


 僕達は右に、おじさん達は左に、分かれ道でそれぞれの道に向かって走り続けた。

 人生の分岐点なんて言葉を聞くけど、僕とおじさん達の目指す道は同じゴールを目指している。

 …だからこそ、この別れを辛い“別れ道”にはなって欲しくない。

 僕は心の中で…生きて会おうねって…おじさん達に向かって呟いた。


 そのまま右の道を五分程駆け続けた。もうすぐ僕とハイクの訓練していた森に差し掛かる。

 ……僕は悩む。僕も森に武器を取りに寄った方がいいか、と。

 厩舎に置いてあった弓はハイクに、槍はイレーネに渡しておいた。アリステア先生の物だ。

 緊急事態用で先生が厩舎に置いていた。念入りな先生だ。

 先生の事前の準備のおかげで、こうして僕達の手元に武器があるだけで安心感が違う。

 …ありがとうございます、先生。


 本当は僕も武器を持っていた方が良いのは分かっている。

 牧草地に転がっていた手頃な石を十個ほど持っているだけだ。

 …でも、僕には魔法がある。この力があれば僕の大切な人達を守ることだって出来る。

 それに、今は時間が惜しい。ここは真っ直ぐ進むべきだ……進もうッ!!




 国境の川が見えてきた。僕達の家も近い…あと、もうちょっとだ。


「カイ、もうすぐ私とハイクの家が見えてくるわ」


「うん、もしかすると家に戻っていない可能性もある。急ごう」


 流石にこの国境の川沿いにまでアリステア先生の声は届いていないだろう。

 北の狼煙を見て家に逃げてくれていればいいけど…。

 もしかすると、まだ畑にいるかもしれない。早く合流しなければ。


「そうね……あっ、私の家だわ! 家の中を見てくるわね…父さぁーん! 母さぁーん! 聞こえるーッ!? 聞こえるなら返事をしてーッ!!」


 イレーネはよっぽど両親に会いたかったのだろう。

 ハイクを追い抜いて愛馬アイリーンと共に、速度を上げて走り出した。

 イレーネは家の前に着くと、流れるかのような動きでアイリーンから飛び降りて、急いで家の中に入っていった。




「ただいま! お父さん、お母…さ…」




 ……イレーネの声が途切れ途切れで聞こえてきた。

 声も最初の一声から段々と萎んだものになっていく。




「…ッ! ハイクッ!!」


「…あぁッ!!」


 僕達も急いで愛馬と共に駆ける。


 イレーネの様子がおかしいッ! 

 僕達も急いでイレーネの家の前に着いた。

 家の戸は開かれたままで中の様子が見えた。






 ……家の中には、まだ時間が経っていないであろう、鮮血な血の池が出来ていた。


 イレーネの両親は首筋を何かで斬られたような傷があり、動脈からの大量出血で死んだのであろう。


 その血の池の中には愕然とした様子で…自身の両親の亡骸をただ呆然と眺めているイレーネがいた。


 血が服や身体に色や匂いとして残ることも厭わず、膝から崩れ落ち微動だにしない……。


 恐らく、膝が床に着いた時に跳ねたのであろう…両親の血がイレーネの手についていた。






「いやぁぁぁぁぁッ!! お父さぁぁぁぁぁんッ!! お母さぁぁぁぁぁんッ!!!」






 無残な姿になり…その姿のままでしか愛する娘を迎えるしかない両親に…イレーネは慟哭(どうこく)の叫び声をあげる。


 こちらからはイレーネの背しか見えず、イレーネの表情は分からない。


 …だが、間違いなくその声は、両親の死を受け入れられない少女の滲んだ涙の叫びだった。


 ……両親の声は聞こえてこない。


 呼んで欲しい自分の名前で語りかけて迎えてくれる両親の声は…どこからも聞こえてこない。



 

 


 ……それでも少女は叫んでいた。もう届くはずのない言葉を…両親の前で幾重(いくえ)にも積み重ねながら。






 僕は即座に行動に移す。この場所も…もう危険だッ!


「ハイクッ! イレーネを頼んだッ! 僕はハイクの両親と、僕の父さんと母さんを見に行くッ! 敵は近くにいるかもしれないッ! 任せたよッ!!」


「…ッ!? …カイッ! 武器はッ!?」


「大丈夫ッ! 僕に考えがあるッ!」


「……わかったッ! そっちも頼んだぞッ!!」




 本当はイレーネの側にいてあげたかった。

 でも…ハイクの両親と…僕の父さんと母さんの身も危ないッ! 

 …迂闊だった。僕だって敵の立場なら同じように考えたはずだ。

 まずは、逃げられないように退路を断つ。敵が脆弱な存在であれば、包囲殲滅の策を仕掛けてくるに決まってる。

 戦を知らない敵ならば、逃げ場のない状況を作り上げることで混乱に陥らせ、殲滅も容易いものになるじゃないか。

 僕は歴史から何を学んでいたんだッ!! 

 自分のことを殴りたい焦燥にかられながらも…ハイクの家を目指す。






 ハイクの家が見えた。黒雲に速度を上げるように合図する。


 無事でいてくれッ! お願いだッ!!






 ……だが、僕の希望とは裏腹の光景がそこにはあった。


 玄関の戸が開かれており、玄関の周りには血が点々と辺りに散らばり、その凄惨な状況を物語っている。


 ハイクの両親の亡骸が家の床に横たわっていた。


 …ハイクの父さんは奥さんを守ろうとしたんだろうな。


 槍を手に持ちながら、うつ伏せの状態で亡くなっていた。腹から背中を刺し殺されていた。


 そのすぐ後ろで、ハイクの母さんも同じ状態で亡くなっていた。


 ハイクの父さんは凄い…。農奴のはずなのに、その手に持つ槍の先端は赤く染まっていた。敵に傷を負わせたようだ。


 ハイクの父さん…貴方は勇気ある方だ。


 ……ただの農奴が、自分よりも強大な力を持つ敵に立ち向かうなんて普通は出来ない。怖気つくだけだ。


 武器を振りかざされて、自分に襲い来るその瞬間まで、恐怖で死を待つだけだろう。


 イレーネの父さんも、イレーネの母さんを庇うように亡くなっていた。


 …僕は死を目の前にした時に、咄嗟にその身を犠牲に出来るだろうか……




 亡くなった後にも彼らの勇敢な死に様は、彼らの雄々しい生き様を語っていた。


 ……貴方達の勇気に僕は敬意を示します。


 僕は小さな祈りを捧げながら、その場を後にした。




 ……父さん、母さんッ!! いま行くからねッ!!




 ハイクとイレーネの両親が亡くなっていました。もう既に敵の手は身近なところにまで迫っています。

 討伐軍はあらかじめ退路を塞ぐ別働隊を少数ながら派遣していました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ