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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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大英雄の墓

 慄然りつぜんとした空気が言葉の後に残った。好奇心を惹く浪漫はいつだって人を一瞬、黙らせてしまうのだろう。


「そいつは興味があるな。一体、どんな大英雄なんだ?」


「さぁ、それは知らない。それにどんな英雄だったのかも」


「…なるほど。歴史を紡いではいけない弊害か。だが…なぜそれならその墓が大英雄のものだとわかる? それに拙者はこの国にいて長いが、そんな話し聞いた事もないぞ」


「それも知らない。多分だが、そうであったらと願った過去の者達からの言い伝えかも知れないと…俺は考える。その石碑の文字は何と刻まれているかもわからない。もう…かなり風化してボロボロになっているからな。歴史を紡いではいけない世界で、唯一伝えられるのがそんな信憑性もはっきりしない御伽話おとぎばなしだったんじゃないか…」


 中々にロマンチストな人だ。けど、そこがいい。そういう妄想を膨らませながらあれこれ考えるのが歴史好きの醍醐味なのだから。

 ある意味この人は僕と同種の考えに取り憑かれている。


「よし、それじゃあ行こう」


 バンッと机を叩いて座っていた椅子が倒れるかと心配になる勢いでクローは立ち上がった。


「行くって何処へ…まさかお前……」


「主人、その墓はどこにある。興味が湧いた」


 クローの積極的な行動力に目を見開いて和尚は唖然とした。しかし、数瞬もしないうちに彼も同じく席を立った。


「どこって…アンタらも一度は見ているはずだ」


「はぁ? そんなもん何処にあったってんだ?」


 溜め息混じりに疑問符を付けながらも、そんなもの無かったと断言に近い台詞でずけずけとクローは尋ねる。


「言っただろう…かなり風化しているって。ここの入り口を真っ直ぐに進め。そしたら古木にぶつかる。古木の根が地表に出ているが、根と根の間にそれはある」


 ここからでも見える古木を主人は指差した。後ろを振り向くと空は紅と夜闇の狭間にあった。


「主人、この椀に酒を一つ頼む。それからこれは飯と酒代だ。宿代はこいつが払う」


 値段も言われてもないのに懐から一枚のコインを親指で弾き飛ばし、主人は両手の掌でかろうじて掴む。

 掌を開いき、瞬時に瞳孔が膨れ上がった。


「こ…こんなにいいのか?」


「美味い飯への感謝とこれからの要望だ。…墓の手入れだけでもしてやってくれ。それぐらいしか俺には出来んからよ」


「それなら安心しろ。毎日やっている。ほら…持っていけ」


 同じような放物線を描きながらたっぷりの酒が入っているであろう皮袋をクローは受け取る。

 一礼をして僕はすでに歩き始めたクローの後ろに小走りで駆け寄り、宿の入り口を飛び出した。




「これか……」


 木陰の中にあってそれは酷く目立ちにくい場所にあった。隆起した根が墓の姿を覆い隠し、人目をはばんでいるようでもある。

 石碑の一部は欠けており、表面の文字はかすれて読めやしない。それでも苔が少しもないのは、あの宿屋の主人が手入れしてくれている証拠だろう。

 現に生気を失ったばかりの一輪の花が地に添えてあった。


「嘆かわしいな…もし、お前さんが本当に大英雄だったとしたら…こんな仕打ちはあんまりだ」


 クローは地面に胡座あぐらをかきながら座り、石碑に向けて酒を降り注ぐ。


「カイ…覚えておけ。英雄と呼ばれるだけの人間は、多かれ少なかれその呼び名に相応しいだけ誰かを想って命を費やした。大事な何かを守ろうとするためにな。だから…そんな奴らには美味い酒を飲ませてやれ。あの世で笑って酔いしれてくれるだろうから」






“───兄上…後をお頼み致します。必ず平和な世を…お創りなさって下さい“


”………ろぅ、俺はもうここまでのようだ。お前なら切り開ける。必ず…勝て。さすれば民達は…き…っと……“






 いつになく真剣に彼は語った。……きっと彼は、そうした者達を見送ってきたのではないか。

 

「名も無き英雄よ。其方の魂に安寧を。其方の道のりに神々の祝福を。其方の生き様がいつの日か世界に刻まれん事を」


 見守っていた和尚は祈りを捧げ、名も無き英雄の魂に向かって一直線に天へと魔力は駆け上る。

 

「僕も…名も無き貴方に逢えて光栄でした。どうか安らかに」


 誰かを想うのはいつの時代でも変わらない。それが見知らぬ誰かのための祈りであっても。きっと…神様はこの祈りを聞き届けてくれると信じて。






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