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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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シェケム

 街の中は賑わっていた。路上の両脇には屋台が並び、様々な商品や食べ物が売られている。


「ねぇ、シャルル…あれって何?」


「あれはホットワインだよ。大人達の楽しむ飲み物さ」


「う…確かに酒臭いわね」


 下馬をして黒雲達を伴いながら歩きつつ、こそこそとイレーネはシャルルに尋ねる。

 喋るなと言われても初めて見る光景にうきうきが止まらないらしい。


「ほらほら、もうじき着くよ。…さぁ、見えてきたよ」


 大衆の雑踏をき分けた先に現れたのは、大きな噴水が中央に座す広場であった

 白い彫刻から噴き出る水は溢れ、一部は大気中に水蒸気と化して空気をも潤していた。

 この場に立っているだけで夏の暑さも何だか和らいでいく。


「水の街シェケム。それがこの街の通称だ。行き交う全ての人々の旅の疲れを癒し、喉の渇きを潤す。ここの水は清らかでわざわざ飲みに来る者までいるくらいだ。この水は誰でも自由に飲んで良いものである」


 誇らしそうに和尚は言う。シェケムか…もしかしてと思ったけど、やっぱり水が豊富な街だった。

 この名前が持つ意味を考え、ふと一人の人物を見て近づきゴニョゴニョと話す。


「ねぇ…ヨゼフ。シェケムの名前ってやっぱり…」


「すぐに思い浮かぶのは“ヤコブの泉”だな。多分だが…先に転生した者が付けた名前が地名として残っているらしい。水が豊富だからってのが、また安直だな」


 旧約聖書に出てくる恐らくヤコブが掘った井戸をヤコブの泉と呼ぶ。

 自分の大家族と家畜の群れを養うために掘ったものだ。

 確かにヨゼフの言うように安直ではあるけどわかりやすい。


「あそこに動物が水を飲むための場所もあります。まずは一番頑張ってくれたみんなに飲ませてあげましょう」


 黒雲達を水飲み場に連れていく。すると、自発的にせっせと動いて我先にと足早になる。

 “馬を水辺に連れて行く事は出来ても、水を飲ませる事は出来ない“なんて言うけど、よっぽど喉が渇いていたと見える。すぐに群がってぺろぺろと水を美味しそうに飲み始めた。


「俺らも自分への補給が必要だ。そろそろこいつらも限界だろう」


「私が残りましょう。先に皆で飲みに行かれて下さい」


「ありがとう、和尚。そうさせて貰うよ」


 僕達を気にかけたヨゼフの一言で、和尚と黒雲達と一旦別れて人が並ぶ列へと行く。無料で飲めて夏場というのも相まって大人気のようだ。


「凄い数の人だね。こんなに人がいるなんて」


「ここは特別だよ。王都に近いし賑わいがある。それに本当にここの水は美味しいんだ」


 他愛もない会話をしながら順番を待つ。ようやく僕達の番になった時には陽も沈みかけていた。


「ようやく順番が回ってきたな。お前らから先に飲め。慌てずゆっくりな」


 ぽんっと背中を押してヨゼフは先に行かせてくれた。子供組は遠慮なく先に飲ませて貰う事にし、横一列に並んで掌に水を掬う。

 口元に手を近づけ、ごくごくと水が喉を伝う。


 あぁ…美味しいなぁ。生き返るとはこういう時に使うべき言葉なんだろうな。

 喉を潤しながら幸せも味わえる最高の水だった。まるで故郷に流れていたあの川のように本当に美味しい水であった。

 望郷への想いが強かったのだろう。懐かしい想いに浸りながら、味わった水は心をも慰めてくれているような気がした。




 カイの述べた通り、シェケムは旧約聖書に出てくる地名ですね。ヘブライ語で肩を指す言葉のようです。ヤコブの井戸は現代でも存在するようです。

 

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