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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第一章 “歴史を紡いではならない”
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死亡フラグ

「おい、カイ……今の声…聞こえたか…」


「……うん…アリステア先生の声だった。“逃げろ”って言ってたね」


「アリステア先生……」


 悲鳴とも絶叫とも言える叫び声が聞こえてきた。ハイクとイレーネは下を向いている。

 無理もない。あんなに良い先生だったんだ。生徒の相談にも乗ってくれるし、村人からの信頼も厚かった。

 アリステア先生は最後の力を振り絞って、この村のみんなに逃げろって伝えてくれた。

 僕達以外にも、今の声は届いているはずだ。村のみんなも逃げてくれるようになるはずだ。アリステア先生のお陰で、僕が危惧していた不安がなくなった。


「ハイク、イレーネ。悲しい気持ちになるのも無理はないね。僕だってそうだ…。でも、今はアリステア先生が自分の身を挺してまで、僕達、そして村のみんなにその危険性を伝えてくれた。何よりもアリステア先生が討伐軍を引きつけてくれたお陰で準備は整った。……行こう、父さんと母さん達の元へ。今すぐ逃げよう」


「…わかった。行こう」


「うん…わかったわ」


 ハイクはまだ立ち直れないようだ。ハイクはアリステア先生によく面倒を見て貰っていた。

 恩師である先生の死は、すぐに受け入れられないだろう。

 でも、今はハイクに無理矢理にでも動いて貰わないと、ハイクも死んでしまうかもしれない。

 心を鬼にして動くように促す。


 ………ごめんね。




「手筈通りに位置に着いて。僕がここで指示を出すからよろしくね」


 二人はあらかじめ伝えていた作戦を実行に移すために、それぞれの位置に着く。

 僕はここで二人が位置に着くのを確認してから、作戦の口火を切る役目を負う。


「カイ、私もハイクも位置に着いたわよ!」

「わかった! …それじゃあ行くよッ!」


 イレーネからの合図により僕は牧草地の門を開けた。整列させていた馬が一斉に走り出す。

 先頭を走るのは黒雲、全ての馬が黒雲に続く。


「黒雲!イレーネのところまで走ってくれ。その後はハイクのところまでだ」


 黒雲は僕の言葉に頷きながら走っていった。僕は牧草地の門を開け放しのまま、黒雲達の後を追っていく。

 馬達は訓練場の内周にいるイレーネのところまで差し掛かった。

 イレーネは馬達の群れの中から、黒雲の後ろに走っていたアイリーンの背にサッと華麗な身のこなしで乗ることが出来た。


「ありがとう、アイリーン。次はハイクのところまでよ。…黒雲、任せたわよ」


 そのまま必死に僕も走り続けている。馬達のスピードには無論追いつけないものの、走り続ける。

 馬達は訓練場の内周を抜け、次は学校の門まで走った。そこにハイクがいて馬達を一旦止める。


「よく頑張った。今から別々の方向に走って貰うからな。十頭はこっち、もう十頭はこっちだ。…よし、行けっ!」


 ハイクは馬達を、門から出て右方向と左方向にそれぞれ十頭ずつ走り出させた。

 …これで少しでも村の人が馬に乗って逃げれる可能性が出来た。

 一方向に三十頭ずつ走らせるのではなく十頭ずつ平等に別々に方向に逃がすことで、それぞれの区画の人達に平等の生き残る機会を作った。


 本当は僕達が逃げる真っ直ぐの南の道に全頭引き連れた方が、僕達三人の命が助かる可能性が格段に上がるのだが、僕はそんな残虐な手段を使いたくなかった。

 僕とハイクとイレーネの馬は、足の速い良い馬だから先頭を切って走れる。

 他の馬が後ろを走っている間に討伐軍が後ろに追ってきたら、僕達の乗った馬以外の村の人が後ろから順に殺されていくことになる。


 人を盾にするような考え方は嫌いだ。村の人に平等に生き残る機会を作りたくて、わざわざハイクのいた門のところで馬達を止めて別々の方向に走らせた。

 僕達の三人の命を優先するなら悪手なのは重々承知の上だ。

 それでもこういう自分の命を失うかもしれない場面であっても、僕は他の人を救う見込みが上がる手段を選びたい。

 



「はぁ、はぁ、ハイク、イレーネ…お待たせ。急いで行くよ」

「大丈夫か? カイ。…今は、ゆっくりしてらんねぇもんな。そうだな、すぐ行くぞ」

「先頭をハイクの馬のアルに交代するわね。カイは黒雲に乗りながら、私たちの後ろを走って息を整えておいて」

「うん、ありが…とう。そうさせて…貰うよ」


 そこまで息は上がっていないが、今は二人の親切に甘えさせて貰おう。僕は黒雲の脇に立ち、黒雲の頭を撫でる。


「黒雲…これから大変だけど……よろしく頼むね」


 黒雲は真剣な目をしながら僕のことを見つめる。

 僕の様子を気にかけてくれるみたいだ。ありがとうね。

 そのまま僕は黒雲に跨がり、走り出す準備が整った。


「行くぞ。カイ、イレーネ」

「えぇ、行きましょう」

「うん、行こう」


 僕達三人は南に向かって真っ直ぐに駆け出した。

 ……もう、この学校に来ることはない。良い思い出がありながらも苦い思い出もあるこの場所に、二度と来れないことを思うと、少しやるせない思いが込み上げてきた。




 ひたすら真っ直ぐに進む。この近隣に住む人達に向かってハイクが大声を上げる。


「逃げたい人は後ろの馬に乗って下さいッ! この村に討伐軍が来ていますッ! 逃げたい人は南に逃げて下さいッ!!」


 …しかしながら、周囲の混乱の声に掻き消されていく。




「さっきのアリステアさんの声は本当なのかッ!?」


「この村はどうなるのッ! ねぇ、ねぇッ!?」


「おいッ! 一体何がどうなっているんだッ! 教えてくれッ!」


「はっ、どうせそんなの嘘に決まってる」




 …みんな混乱している。だが、全ての質問に答えるために立ち止まる暇などない。

 駆け続けながら馬上から大声で叫ぶ。


「アリステア先生は僕達に逃げて欲しいと、先生は自身の命を捨ててまで、この村に迫っている危険を知らせてくれましたッ! この村はもうお終いですッ! ただ待っていては殺されるだけですッ! 逃げれる人は逃げて下さいッ!!」


 僕の叫びは多くの人の耳に届いた。……だが、村人の混乱はさらに増した。

 家の中に急いで何かを取りに行く人…家族に急いで呼びかける人…忠告を聞いても何を言っているんだと家で寛いでいる人…様々だ。

 ……だけど、どれも不正解だ。

 本当に生き残りたいなら、僕達の後ろを走る馬に、すぐに跨がるくらいじゃないと生き残れない。

 そんな中、何人かはイレーネが先程やってのけたようにサッと馬に乗ってきた。




「お前たちの言うことを信じる。この村で生きるのは諦めよう。お前たちはこの後どうするんだ」


 ちょっと無愛想なおじさんだ。緊急事態だから、もしかすると表情が固くなっているのかもしれない。


「僕達の家は、南の国との国境沿いを流れる川の近くにあるので、そちらに立ち寄って両親たちと共に逃げます。本来なら、そのまま南の国に向かうのがよろしいでしょう。……ただし、橋を渡らずにです」


「どういう事だ?」


「橋の関所にはこの村の兵士の一人がいます。亡命をしようものなら即座に捕まってしまいます。ならば兵士のいない場所から、川を渡る以外に方法はありません。なので、逃げるのに何かを持ってから逃げようとしたのでは、渡河の邪魔になります。ゆえに、必要最低限の武器の装備以外は無駄になるでしょう。南の国の国境は森で覆われております。もしかしたら野盗や盗賊の(たぐ)いがいる可能性があります。武器は…お持ちのようですね。安心しました」


「あぁ、何があるか分からないからな。…だが、助かった。川を渡ることまでは考慮してなかったからな。すまないが、俺たちは先に川を見て先に渡れそうな所から渡ってみる。それでもいいか?」


「はい、早く渡った方が良いでしょう。あと、橋を村側から見て左方向三km程のところに、浅瀬で川の流れが緩やかな場所があります。そこから渡ればいいかと思います。僕達のことは構わず落ち延びて下さい。向こうの国で待つ必要もありません。森を突き抜けて近くの村や街に避難して下さい」


「……お前、名前は?」


「カイと言います。おじさんは?」


「それは向こうの国のどこかで会えたらのお楽しみにとしておこう。……会えた時に名乗らせてくれ。カイのおかげで何とか生き残れそうだ。もし生き残れたら…向こうで美味いものを一緒に食おう。その時は奢らせてくれ」




 おじさん……それ“死亡フラグ”ってやつだから本当にやめて!





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