べへモト肉
竹のトライポッドを据えて近くに流れていた小川から汲んだ水を沸かす。
森の中に自生していたどんぐりを拾い集め、軽く川で濯いだ後に湯に潜らせる。
そこに旅の道中で手に入れた一口大に切ったジャガイモ、筍を投入し、よく煮たらせつつ灰汁を抜いていく。その後、塩を二つまみ程を鍋の中に入れる。
「いい感じだな。俺の一杯分だけ先に掬わせて貰う。後はこれを入れるぞ」
いつも通り反芻しない動物を食さないヨゼフは先に汁をよそい、川で血抜きをしてぶつ切りにしたべへモトの肉を入れていく。
ぐつぐつと煮沸音を立てながら、空へと昇る煙と共にゆらゆらと時間が流れる。次第に赤みを帯びていた肉が白く色づき、見ただけでふっくらとした肉感へと変貌していった。
「もういいんじゃないですか、ヨゼフ師匠…」
待ちきれないとばかりのハイクは涎を垂らしている。
「そうだな。仕上げにこれを入れて…と」
岳飛から貰い受けた例の鱠の時に使った薬味の一部の柑橘の皮を乾燥させたものだ。こういう時にも使えてとても便利だ。
「よし、完成だ」
やり終えた表情の先にあるのはとても美味しそうな香り漂うベヘモトの煮込み料理だ。
手にある食材とあり合わせのどんぐりを煮込んだだけの料理だけど、どんな出来具合だろうか?
「では、祈って食べますか。…我らが父よ、日々の糧を頂ける事を…….」
みんなで祈りを捧げ、魔力を奉納すると共に食事を味わう。
大分お腹が減っていたのか、我先にと木の深皿に入ったスープを口にし、肉にガブりと喰らいつく。
「へぇ〜、結構このお肉も美味しいのねっ!」
「美味ぇなぁ! 鮎とか山鳩とも違う…なんか肉って感じの味がするなっ!」
「うん、本当に肉って味だね〜」
子供組は全員満足な表情で堪能している。ここ最近は動けるだけの最低限のエネルギーを取り入れていた義務的な食事ばかりだった。鈍化していた舌が蘇るような感覚さえ覚えてしまうくらいに、僅かな塩気のスープすら海を濃縮したエキスのような濃さに感じる。
鮎や山鳩は淡白な味わいがまた美味しかったけど、べへモト肉は少し肉の脂が乗り弾力のある歯応えだ。
だけど、噛みきれないような固さじゃない。噛んでいくほど柔らかさが強調され、肉の甘味も鮮明に舌が捉える。
それに思ったより獣臭くない。柑橘の香りが獣臭さを和らげさせてくれているんだ。…ヨゼフもよくわかっているなぁ。
「美味いならなによりだ。スープ自体もそう悪くはないから俺も満足だな」
べへモト肉の入っていないスープを飲むヨゼフも感想を漏らした。その反応を見て他の食材も味わっていく。
煮た時間はそこまで長くないものの、ジャガイモは噛むだけでホロリと口の中で崩れ、表面に染み込んだスープの塩気が上手く調和されていた。
筍も少々の苦味はあるものの、それもまた味に変化をもたらしてくれている。肉と一緒に噛むと滲み出た脂をしつこくないと感じさせる味に変革させてくれている。
ドングリは素朴な味だけどこれもまた悪くない。噛むのが癖になる食感が食べるのを飽きさせず、優しい味付けとも合っていた。
見た目は質素で味気ない料理かもしれないが美味しい料理だった。全員が満足した顔で鍋の中は空っぽになっていた。
「ふー、久しく固いパン以外の食事が出来て満足だ。早く王都に行って美味い飯に預かりたいな」
クローは落ちていた木の枝を爪楊枝代わりに、歯と歯に挟まった肉をくいくいっと取り除きながら王都の方角の空を眺める。
「王都のご飯は美味しいの?」
「それなりだな」
「城下町のご飯かぁ〜、一度は食べてみたいなぁ」
僕の質問にヨゼフは普遍的でありふれた返事をした。けど、シャルルはそんなものを気にもせずに楽しみにしている。
王様だから城下町でのご飯になんてありつけなかっただろうからね。
「なら、みんなで食べましょうよ。さぁ、王都目指して行くわよっ!」
食べ終わった深皿を王都の方へ掲げてイレーネは微笑んだ。新たな目的も増えた僕達は膨れたお腹を抱えながら立ち上がった。
実際のカバ肉はワニの肉を柔らかくした感じの食感らしいです。どんな味なのか一度は食べてみたいです。




