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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第一章 “歴史を紡いではならない”
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アリステア視点 ※グロテスクな表現を含むので苦手な方はお控え下さい。

 何なんだッ!? 一体何が起きているッ!!


 集落の北の方で反乱が起きてしまったとでも言うのか……そんな予兆はなかったはずだ。

 この集落のみんなは、心が温かい素直ないい者たちばかりだ。

 しかも、今日から収穫でみんな張り切っていたはずだ。

 先日、話しをしたからよく覚えている。


 “今日はみんなで、どの家庭がどれだけ収穫を出来たか競うんだ”と、息巻いている様子を見て微笑ましいなと感じたぐらいだ。

 この集落の者に悪い者などいない。




 あの教師を除いては……。




 アイツとは同じ学校の二階に住む者同士だが、どうにも好きになれなかった。

 己の保身ばかりを考え街の役人に媚びへつらい、生徒たちの将来のために一人一人と真剣に向き合おうともしない怠惰な勤務態度、集落の皆んなに対する高圧的な素行の数々。

 兵士である私とは相容れぬ性格の持ち主だ。いま現在、狼煙が上がっているのに、私を追って駆けつけようともしない。この集落の害悪とも言えるだろう。


 だが、今はそんな頼りにも出来ないアイツに期待するだけ無駄だ。

 私は私に対応出来る限りの使命をを果たすだけだッ!!

 ……どうか、集落の誰かが軽い怪我で済むぐらいの揉め事であって欲しい。

 刑罰が軽くで済むくらいで収められるように、事態の収拾に当たらねば。


 私は狼煙の上がった付近に近づくにつれ、自分の希望とはかけ離れた光景が目の前に広がった。

 驚愕のあまり馬の步みが次第にゆっくり…ゆっくりと進み、その場で立ち止まってしまった。




「何だ…これは……」




 無惨にも弓で何発も射られたのであろう……矢が身体中に突き刺さり…全身から血を流して死んでいる者


 身体の胴体と頭が切断され…まるで…自らの頭を手に取ろうとしていたかのように…途中で力尽き命果てた者


 全身に殴打の痕があり…周囲には何度も何度も何度も血反吐を吐きながらも…執拗に殴打され涙を流しながら苦悶の形相を浮かべながら朽ち果てた者


 腹を一本の槍で串刺しにされ…腸がはみ出ており…自らの血が地面に滴り落ちるのを苦渋の表情で眺め…長い時間をかけて苦しみながら死んでいったのであろう……




 多くの者達の悲惨な末路を…その光景は物語っていた……




「助けてくれッ!! 俺達が何をしたと言うんだッ!?」


「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!! どうして殺されなきゃいけないんだッ!?」


「俺の手が…手が…て……」






 ブシュッ!!






 ザクッ!!






 グサッ!!






 己の罪の意識もないまま理不尽な死の悲鳴を上げる叫び。


 助かりもしない状況でも誰かに助けを求めずにはいられない…心がへし折れた者の木霊(こだま)する怒号の叫び。


 自らの身体の一部を案じ…その痛みの行き場を何処に見い出してよいかも分からなくなった者の悲痛で静かな訴え。




 彼らの声に何を言っているのかわからないとでも言うかのように…そんな声に最初から聞く耳を持ち合わせていないかのように…槍で刺し…剣で斬り…矢で射殺す。




 自分の目の前で彼らが地に臥したのを見つめてしまった時、言葉を投げかけずにはいられなかった。


「一体何をしておられるのですかッ!? ここの集落の者達には何の罪もございませんッ!! なぜ罪のない者達を無惨にも殺しておられるのですかッ!? 今すぐこの残虐な殺戮行為をお辞めくださいッ!!!」


 私の全身全霊の叫びは周囲一体に響き渡った。


 その瞬間、全ての一方的な蹂躙は止まった。


 静寂が立ち込める中、一騎の馬が歩き出す音が聞こえてきた。


 軍勢の中から一騎こちらに近寄ってくる。




「貴官はこの集落にいる兵士であるか?」




 目の前の男には、今までの人生で見たこともないような勲章が左胸に付けられていた。


 こんな集落にいる自分とは、遠い遠い別次元の存在である人物であることは間違いない。


 足元にも及ばない…ただ言いなりになるしかない御方に…自分は何を言っているのか……。


「はい、私はこの集落で、子供達に体術と馬術を教えている教師役の兵士でアリステアと申します」


「そうか、アリステア。……では、貴官に帝国軍の上官として命令を下す。今すぐに、この集落の者全てを皆殺しにせよ。我らの軍と共に悪の根をこの地から根絶やしにするのだ」


 ……悪の根? この御方は何を言っているのだッ!!


「仰っている意味が分かりませんッ!! この地の者達に悪しき考えを抱く者などございませんッ! この地の者達は陛下に全き忠誠を誓い、その身を賭して陛下のためにこの地で豊かな大地を耕す勤めを履行する忠義の厚い民ですッ!! そんな民を…自らの手足に等しい民達を……なぜ殺されるのですかッ!?」


「私の元には…この地の民が反乱の兆候が見られその思想は幼き”物“に至るまでと聞いている。もはや帝国の教えを再度施しようもない程で、陛下もその御心をお痛めになられながらの苦渋の決断を下されたのだ。………貴官はその陛下の決定に異議を唱えると申すのかッ!?」


 男は腰に帯びていた剣を抜き、私の眉間にその切っ先を突きつけてきた。


 ……私は一瞬、心が挫けそうになった。


 これ以上刃向かえば、自分の命の保証を自ら捨て去るようなことだ。


 だが、ここで私が折れてしまえば民達の命が……無駄に消え去っていくことになるッ!!




「私は陛下の御心に背きたいと思っておりませんッ!! 私はこの集落の者達には何も罪がないのに、むざむざと殺されるこの異様な処罰を、今すぐにお辞め頂きたいと申しているだけでございますッ!! ……お願いです、もし可能であればその虚偽の報告した者に会わせて頂けないでしょうか? 私がこの集落の者が無実であることを保証致します。…どうか……どうかご再考をッ!!」


 目の前に突き出された剣に物怖じせず、私の固い決意…願いを訴えかけた。


 …これだけ訴えれば、お聞きして頂けるかもしれない。


 この地の民が、これ以上無駄な血を流さずに済むかもしれ…




「……そうか。どうやら貴官は、報告してきた教師が虚偽の申告をしていると申しているのだな。…だがな、もう何もかもが遅い。これ以上私の言葉に異を唱えるようであれば……その命…この場で尽きると心得よ」




 …最後通告だ。これ以上の問答は無用…許されない。

 

 ……アイツが絡んでいたのか。


 アイツは恐らく、ここまでの事態になるとは考えもしなかったんだろう。


 だが、この光景すらも…アイツは嘲笑っているはず。


 性根がどうしようもなく、直しようがないくらいだ。




 あぁ、これは私の罪だ。


 私がこのような事態になる前に、アイツの無能な職務怠慢さをもっと大っぴらに訴えていれば……。


 街の役人のご機嫌取りになっているアイツのことを、私が上位の者に報告したところで何も変わらないと思っていた……思い込んでいた。




 何もしなかった私に対して、私の最も心の奥深いところを刺激し、憎悪の感情を込み上げさせたアイツの手腕は見事なものだ。


 ……アイツをこの手で処断出来ないことが最後の心残りだ。


 だが、私は自分の罪を償うためにも、今もまだ生きている集落のみんなが生き延びる可能性を作ること、そして逃げるための時間を稼ぐことが私の使命だッ!!






 アリステアの決意は固かった。その目は覚悟を決めた者の目だった。


 それは、アリステアの目の前にいる男にもすぐに判断出来た。


 ゆえに、男は剣に力を込めて彼の眉間に刺し通そうとした。


 しかし、アリステアは馬から後ろ向きに飛び降りることで、初撃を避けた。


 そのまま男の剣の追撃を躱そうとしたが男はそれを見逃すはずがなく、アリステアの右足を瞬時に一刀両断した。


 アリステアはそのまま地面に臥した。もう彼は逃げることすら叶わない身体になった。


 ………歩くことが出来ないのだから。


 現にアリステアは、体勢を立て直そうと座ることも精一杯なくらいだ。


 そんなわかりきった決断をしたアリステアに、男は聞かざるをえなかった。




「……なぜ私に斬りかかってこなかった。貴官の目は…確かに覚悟をその瞳の奥に宿していた。それなのになぜだ。後ろに退くなど下策も下策だ…貴官も分かっていたはずだ」


 男の質問にアリステアもその通りだと思った。


 私が相手の立場でもそう思う。もう後は斬られておしまいだ。


 ……そう、普通の思考ならそう考える。


 だが、アリステアは違った。この集落のみんなが少しでも生き残れる機会を作ろうと、アリステアは自分の命を使ってその力を振り絞る。




「……えぇ、私もただ戦いの果てに死ぬのなら、貴方様に斬りかかり、その見事なまでの剣術で、斬り捨てられて命尽きたと思います。しかし私は、私自身がそのような最後を迎えては、この集落ですでに亡くなっている者よりも、苦しまずに息を引き取ることになります……私はそれを許せなかった。ですから私はこの集落の誰よりも、惨たらしい死を自分自身の手で下すことで…この集落のみんなを守れなかった……私なりの罪の償いと致します」




 アリステアは自身の脇に挿してあった剣を抜いた。


 討伐軍の者達は一体何をするのかと警戒し、弓兵はいつでも彼に矢を射ることが出来るように構えた。


 この軍で一番偉い男は片腕を上げ、まだ射つなと軍の動きを静止させる。


 アリステアは剣を自身の目の前に、剣の腹が見えるくらいの位置で掲げた。


 ……あの構えは“誓いの儀”の構えだ。士官なら誰もが知っている構え。


 あれは神の御前に決闘を申し出る際に、神に対しての誓いを、お互いに宣誓し合うための儀。


 だが、アリステアは決闘をするために誓いをしているのではない。


 その意味が周囲を取り囲む軍勢には奇妙に思えた。しかし、ある文化が根付いている者には理解出来た。


 …あれは、神に祈っているのだ。その事を知っている者は固唾を飲んで見ていた。


 祈りの所作を知らない者達は一体何をしているのかが理解出来なかったが、それを止めてはならないような気がして、食い入るようにじっとアリステアの事を見ていた。




(……我が神よ。この不忠実な(しもべ)がこれから行うことを、どうかお許しください。貴方のお教えに反する事をこれから私は行います。…ですが、これはこの集落の者を一人でも救うため、私が出来うる最後の手段です……どうか、どうか一人でも多くの者をお救い下さいますようにッ!!)




「我が死に様、とくとご覧あれ!」




 アリステアは叫ぶと同時に、その掲げていた剣を自らの腹に突き刺した。


 そして、そのまま剣を横に裂くことで自らの腹が裂けていき、鮮烈な血飛沫が辺りの地面一体を赤く染め上げていく。




「グッ、グァァァァァァッ!!」




 その異様な光景を周りの者達は、ただ見守ることしか出来なかった。


 皇帝陛下の御心に背く意志を集落の一介の兵士風情が示し、この軍の将軍との一騎討ちによる名誉ある死を賜る機会を投げ捨てたばかりか、自分達がそれまで見たこともない自らの腹を切る壮絶な死に様を、むざむざと見せつけられ……帝国軍が誇る最強の将兵達が呆気に取られてしまった。


 中にはその死に様に恐れを抱く者もいた。将兵の中には目を背ける者がいた。


 先程まで一方的な蹂躙を行なっていた者たちが、アリステアの死に様を見ていられなくなった。


 …なぜ、自分から命を無駄に捨てるような真似をするのかと考えてしまう。




 アリステアは切腹という武士の死に方を知っていた訳ではない。


 自分の出来る手段で最も敵を引きつけておくことが可能で、最も敵を欺く方法を瞬時に考えた。


 ……この敵の危険性を集落に伝えることが出来る手段がこれしかないと、アステリアの生涯の経験から導き出されたのが、彼の生涯で知りえなかった切腹という死に方だった。




 アステリアの腹部からの出血が酷くなり、意識が朦朧(もうろう)としてくる。




(あぁ、もうそろそろ私は死ぬだろう。だが、ここまで周囲の軍勢を引きつけることが出来た。……私の出来ることは…もう…残りはただ一つだけだ………ならば…我が全身全霊をかけるッ!!)






「みんなぁぁぁぁぁ、逃げろぉぉぉぉぉッ!! 逃げてくれぇぇぇぇぇッ!!!」








 アリステアは自分の命を投げ捨て、最後の咆哮を(とどろ)かせた。




 彼の真の目的は、集落のみんなに今すぐ逃げろと危険性を伝えることだった。


 それを実行する機会(チャンス)を作ることが狙いだった。

 

 だからこそ、周囲の軍勢を釘付けにするような、誰も見たことがない、自分自身でも聞いたことがない死に様を晒す必要があった。


 一瞬の隙をつける周囲を唖然とさせる死に方が何かを考えて、彼は切腹という手段にあの僅かな時間で考えついた。


 この集落で彼の声を知らない者はいない。


 アリステアは日頃から、みんなと会話することを楽しんでいたからだ。


 そして、アリステアは先程、子供達に親と共に家の中にいるように指示を出した。


 恐らくギリギリの距離だが、自身が出せるこの精一杯の大きな声量であれば、集落の中心部に近い家々にはこの声が届くはずだ。


 アリステアの声だとみんなが認識すれば、この重要なメッセージに従い、必死に逃げようとしてくれるだろう。


 そう、彼は自身の力では守ることが出来なかった者達を救うために…その身を賭して多くの者が生き残るための道を切り拓いたのだ。


 ……彼に出来る最後の悪あがきだった。




「弓兵、急ぎ矢を放てッ! これ以上そいつに叫ばれるなッ! 撃てッ、撃てーッ!!」




 先頭に立つ男の合図を受け、弓兵は矢を一斉に放った。


 だが、その間にも彼は“逃げろ! 逃げろぉぉぉッ!!“ と叫び続ける。


 矢が次から次へと彼に突き刺さる。


 それでも彼はその声が叫び続けられる限り、ひたすらに同じ言葉を集落の皆んなに届け続ける。






 ───けれど、その時は唐突に終わりを告げる。






 放たれた一本の矢が彼の額に刺さり……その矢は彼の脳の動きを停止させた。


 もうその役目を終えたかのように、その身体はゆっくりと地面に倒れ、彼の身体は……再び立ち上がることはなかった。


 男は最後の最後まで、彼の死にゆく一瞬も逃さずに…その光景を見据えていた。


 男もこの地の反乱の平定には最初から疑問を持っていた。


 アリステアの死は少なくとも男の心を揺さぶる尊い死であった。


 男の近くに軍勢の中から一騎近付いてくる。




「厄介なことをされましたね。こんな事をされたら、こっちの仕事が増えるだけだってのに。…へっ、雑魚は雑魚らしく死ねば良かったものを」




 …シュパッ!




 そう言った直後、その者の首は空を飛んでいた。


 なぜ自分が死んでいるのかの理由も掴めないまま、浅はかな言動により突然の死を迎えた。


「……アリステアは守りたい者を守ろうと必死だった。それが陛下の御心に沿わないことであると知っていてもだ。此奴(こやつ)はその意志を曲げることなく、誉れある死よりも…自らの神への信仰よりも…この集落の者を救うために苦痛を伴う死を選んだのだ。彼の尊い死を否定する者を…私は許さない。それが我が側近であってもだッ! 全員、心しておくようにッ!! ……それから、彼の遺体を丁重に葬れるようにしておけ。ひとまず近くの空き家に大切に運べ、今はこの集落の殲滅が優先だ」


 男はアリステアの望みとは正反対の行動を、自らの指揮で決断を下した。


 それが男の本意でなくとも、それが納得の出来ない陛下の指示であっても、それが多くの者の命を狩り取ることになったとしても、男は決断を(くつがえ)さない。


 軍を率いる者が感傷的になってはならない。いつでも本来の目的を忘れない。それがこの男の生き方だ。




 しかし、アリステアの死は決して無駄にはならなかった。


 カイが思いついた策を実行するための時間を十分に確保し、集落の者が生き延びる可能性を作り出すきっかけを…彼の尊き死は生んだのだ。



 アリステアの信仰する神の教えでは自決や自死をしてはならないという教えなので、その神の教えに背いてでも多くの人を救う道を選びました。

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