和尚
「え……わぁッ!!」
空を打った破風が僕達にまで及ぶ。ビリビリとした振動が臓器までをも揺らし、嗚咽に似た込み上げる逆流が喉元までに差し掛かった。
……これが二槍の衝突で生じたものだとは未だに信じられない。
「な、何だよこれッ!! カイ、大丈夫かッ!?」
「う、うん…ちょっと気持ち悪いけど何とか。…イレーネは?」
「私は大丈夫。二人が守ってくれたから…ありがとう」
咄嗟に僕とハイクはイレーネを庇うように前に立った。でも、立っていられるのもほんの僅かな瞬間だった。
衝撃波が身体にぶつかった時、みんなは身体を低く縮込ませて何とかその場から飛ばされないように踏み止まろうと必死になった。
「かぁ〜、化け物だのう。両者共に…。一騎当千たるものだな、爺」
「そうですな。あのヨゼフとか申す者、言うだけあって中々にやりますなぁ」
こんな時でもキラキラと目を輝かせながら喜ぶ狂人二名がいた。蕭何の言うように一癖も二癖もあるのは間違いなかった。
はぁ、何を言っているのやら…。
「む、あの者…もしや」
パラド伯爵は片腕で顔を覆いながら、細めた目線の先にいる人物を食い入るように眺める。
そんな中、一人の人物が二人に向かって駆け寄った。
「ちょ、ちょっと待ってッ! ヨゼフさん、槍を収めて下さい。…それに“和尚”もッ!!」
……和尚? な、何を言っているんだシャルルは?
あんな武辺者って感じの人が和尚だなんて全然思えない。
「うん? あれが和尚だと? どこからどう見ても坊主には思えんがな」
あ、どうやら僕だけの疑問じゃなかったようだ。ちょっと嬉しいかも。
「……ッ!! ま、まさか本当にシャルル王でございますかッ! おぉッ!! よくぞご無事でッ!!」
そんな僕達の疑問を振り払うかのように、シャルルの呼びかけにその武辺者は応え、すぐに馬上から飛び降りて跪いた。
「心配をかけたね。この通り無事さ。…にしてもまさか和尚がここに来るなんて……」
「申し訳ございませんッ! アルデンヌ領での不穏な情勢を聞き、いても立ってもいられずに参った所存でございます。王から留守を任されながら任を全うせず、この不忠な者をどうかお裁き下さい」
「何を言っている。和尚が民を守ろうとしての判断だったんだ。それを責める謂れをボクには見つけられないよ」
「…お、王よ」
感傷に浸る和尚と呼ばれた人物から、自らが仕える王が誇らしいと瞳の奥からの羨望が生じた。
…うん、それがシャルルの良いところだ。人の気持ちがわからずとも弱き者を守ろうとする王たる資質を備え持っている。
「で、結局そいつは誰なんだ? シャルル?」
「…き、貴様ァッ!! まだその減らず口を叩くつもりかッ! 王に対してそのような呼び方など…」
「待ってよ、和尚。この人は僕の“味方”だ。ここにいるみんなは僕達の味方であり、仲間であり、そして…友なんだ」
「……本当ですか? シャルル王?」
まさかそのような事など…と尻窄みになるか弱き声を言い募ろうとしたが、シャルルはコクリと縦に首を頷いた。
「本当だ。これからみんなに和尚の事を紹介したい。さぁ、和尚の配下のみんなも共に屋敷に向かおう。話しはそれからだ」
ちょこちょこ本文で仄めかしていた和尚の登場です。
和尚と聞くとお坊さんのイメージがありますが、実はその和尚ではありませんでした。
まだ彼がどんな人物かは明らかになりませんが、なぜ和尚と呼ばれているかはすぐにわかるかと思います。




