憤怒の槍
──しかし、そうはさせまいとする存在があった。
街外れから馬蹄が地を踏み締める音が鳴り響き、砂塵が空を舞うのが全ての者の耳と目を襲ったからだ。
「…何だ? やけに慌ただしいな」
クローの発した警戒の声に皆も心の中で同調する。
方向は…パラド伯爵領でも帝国側からでもない。
「王都方面からだな。…アルデンヌの差し向けか?」
邪推する蕭何の一言に反応を示したのはヨゼフだった。
「はん…それなら話しは早い。俺が行こう。こちとらが街を制圧した旨を伝えてやる。それでも刃を向けるようならこの槍で迎え撃ってやる」
「無理はしないでね、ヨゼフ」
「誰に言ってやがる。俺の槍についてこれる奴なんてそうそういない。安心しろ」
器用に槍を片手の指でくるくると回して、馬に跨り一騎で踊り出た。
すると、砂塵の中で変化が生じた。向こうも一騎のみが速度を猛烈に上げてこちらに迫る。
そして、その男の姿が明らかになった。
「お前がこの反乱の首謀者かッ!? 我は王都の精鋭を率いし、王直属の軍であるッ!! 我が王の義により其方を討つッ!!」
詳らかにした口上は一方的であった。あれ? 王直属の軍?
チラッとシャルルの方を見ると、"まさか…"とぼそっと呟いている。
「待てッ! 俺は首謀者でもないし、もう反乱は終わった。それにお前が言う王だってこっちにいるぞ?」
「…王がいるだと? 馬鹿めッ! そんな虚言に惑わされぬぞッ!! 我は王の臣下で直臣であるッ!! 王がこのような地におられる訳がないわッ!!」
「聞く耳を持たねぇ奴だな…。だ・か・らッ! ここにその王が…シャルルがいるんだって」
「…ッ!? き、貴様ぁ…よくも気高き王の名を敬称を込めず呼び捨てるなど…。その汚らしい口は見逃せんッ!! 二度とそんな戯言を吐けぬように討ち取らせて貰おうッ!!」
振るい上げた槍をヨゼフに向けて、一直線に駆け出した。激情に駆られた憤怒の槍は簡単に収まりそうにない。
「チッ…こういう真っ直ぐな馬鹿はいつの時代でも耳が遠いらしい。嫌いじゃねーがな」
仕方なしに翳した守勢の槍は、相手の力量を見極めようとしていた。
けど、ヨゼフに敵う相手などそうはいない。幻の英雄と相対なせる者というのは、それこそ同じ転生者でもなければ…。
「ちょ…二人共待っ……」
必死に止めようとシャルルが声をかけたが、もう遅かった。
すでに両者の距離は構えた穂先を下ろすだけの時などなかったからだ。
「これでも喰らうがよいッ!!」
そう言い放たれた槍からは殊の外に脅威たる威を放っていた。遠目にいる僕でさえわかったんだ。
二つの槍が衝突した瞬間、激動が空を揺らし人々の身体を震わせた。




