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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第一章 “歴史を紡いではならない”
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“家族じゃないけど家族以上”

 …この場から逃げた方がいい。

 僕はすぐさま行動を開始しようとする。


「おい! 何だアレはッ!?」


 生徒の一人がそんな声を上げた。

 その生徒が指をさした方向に、その場の全員がパッと振り向き視線を合わせる。


「何が……どうなっているんだ」


 そんな誰かの呟きが、静かな訓練場内に響き渡る。

 その方向には村では一度も上がったことのない緊急事態の狼煙が上がっていた。

 あの方向は北か……もはや確定と言ってもいい。

 これが南からの狼煙であれば、まだ、気持ち的に楽だったのに……。




「全員、急いで逃げるようにッ!! 両親にも仕事を中断して共に家の中で待機することを伝えよッ!! 私はこれから狼煙が上がった場所に確認に行くッ!!」


 アリステア先生は馬に跨がり、颯爽と狼煙が上がっている場所に向かって駆け出した。




「カイッ! 私たちも逃げましょう! 何か異常なことが起こっているわッ!!」


「おいッ! 何してる! 逃げるぞカイッ!!」


 僕は狼煙の方向を見ながら考えていた。狼煙の上がった理由を。


 ……もし、僕達のことが目的なら、あんな所で狼煙が上がることはない。


 何か異常なことが起こるとすれば、今いるここだ。

 だからこそ、さっきはかなり焦っていた。


 本当に時間がないまま、何も釈明がないまま僕達は取り押さえられると考えていたから。


 ただ、この考えには納得のいかないことも含まれていた。

 もし、僕達のことを罰するだけなら、朝の挨拶の時にあの先生のような人が、この村の兵士に事前に情報を流しておき、朝の段階で捕まえていたはずだ。


 だが、そうはならなかった。

 ……アリステア先生の、あの驚きよう。本来の兵士としての働きを見せたあの動き、あれは何も情報を知らされてなかったということだ。


 そして、僕達はこの一週間…先生と役人の動きを探っていた。

 二人共怪しい動きはなかった。お互いに連絡を取り合っている様子もなかった。


 このことから、すでに一週間前にもう何もかもが終わっていたことになる。

 一週間の間、何も動きがなかった。それはなぜか。後はただ待つだけだったから。





 …………“討伐軍”を。





 王都での教育を乗り越えた士官でのみ構成されると噂される討伐軍。

 そんな軍が来るということは、この村が反乱分子だと判断されたからだと予測出来る。


 その理由は…恐らく僕達。

 だからあの先生のような人物は、僕達が捕まるのが間近だと知っていたから、下卑た笑みを浮かべていたのではないか……。

 僕達のことを何かの理由を付けて反乱分子と見立てたのだろう。




 ………その背景には、恐らくフーシェが。


 僕のことを睨んでたフーシェの姿が、瞼の裏に思い浮かぶ。


 そして、フーシェという名前。その名前を歴史上の人物で想像してみる。


 すると、ある人物の名が浮き彫りになる。


 ずっと気付かなかった。まさか…そんな可能性があったなんて。


 けど、もし僕の知る人物なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()………


 クソッ!!! 師匠(せんせい)から聞いていたじゃないかッ! ()()()()()()()ッ!! 


 それなのに、その可能性を考えていなかったなんて…僕は……僕はッ!!!


 ……いや、まだだ。まだそうと決まった訳じゃない。これは僕の単なる妄想だ。何も根拠はないじゃないか。


 それに、こんなことをして仕舞えばフーシェだって痛手を被るはずじゃないのか…?




 …もしかすると、あの先生のような人物の予想以上の事が起きているだけではないか。

 …村全体を巻き込むだけの規模になってしまったのではないだろうか。


 現に、上がるはずのない狼煙が上がっている。


 僕達のことを捕まえて処刑するだけなら、あんな所で狼煙が上がる必要がない。

 あれは、村全体を討伐対象と見ているということの裏付けだ。


 だからこそ討伐軍が…今、あの場で…罪のない人達を襲っている可能性がある。


 クソッ!!


 まだこの討伐軍の真の目的すら読めていないし、あの先生のような人の愚かな決断を責める時間すらも許されていないッ!!


 どうすれば僕達も助かり、多くの人達を救うチャンスを作り出せる……考えろ、考えろ、考えろッ!!!




「カイッ! いい加減に逃げないと、俺達も何かに巻き込まれるかもしれないんだぞッ!!」


「お願いッ! 動いてッ! カイッ!!」


 


 ……ある決心を固めた。この策なら、少しでも多くの人を救えるかもしれない。


 だけど、この策には…


「……二人共。これから僕の言うことを聞いて欲しい。…これからの動き次第で、僕達が生きるか死ぬかが決まる」


「はっ!? 突然何を言ってるんだ! 頭でもイカれちまったのかッ!?」


「カイ、どういうことッ!? 生きるか死ぬかってッ!?」


 二人共混乱している。もう周りには誰もいない。

 馬を残して一目散に逃げたようだ。どこに逃げるつもりなのか。

 帝国の恐ろしさを知っているはずなのに、まさか自分自身にその火の粉が飛んでくるとは思ってこなかったんだろう。

 …僕だってそうだ。だからこそ冷静に、今、この時を見据えなければならない。


 多くの子達は正常な判断が出来ずに、アステリア先生の指示に従えば良いと、安直に考えた可能性が高い。 

 だけど、あれは兵士としての最適解の指示だ。


 異常事態の原因の把握をするまで、皆を安全な所に避難誘導をしたお手本だ。

 だが、それがもし討伐軍だったら? 

 その可能性を誰も考えつかなかった。考えにも至らなかった。

 一週間前の異変を察知した僕達以外は。


 多くの人はあの狼煙を見て、“村の北の方角で村人同士が何か(いさか)いを起こしたのかもしれない”と瞬時に考えるはずだ。


 けれど、討伐軍が来る可能性は高い。

 ここまでの現状とこの地での少ない情報、さらに僕の今まで生きてきた過去の累積された情報を精査した時に、その可能性が最も高いと脳裏に訴えかけてきてる。




 家の中で死を待つよりも…自分の生きる可能性を少しでも上げる生き方を選びたい。


 ……最後の最後まで、諦めてたまるか。


 何よりこの二人と、父さん、母さんのことは僕が守りきってみせるッ!!


 僕は真剣に二人の目を見て語りかける。


「いいかい。もう、この村はダメかもしれない。この事は、この村で予測出来るのは僕達だけだ。村の皆んなに幾ら訴えかけても聞く耳を持ってくれないだろう。……だから、全員とは言わないけど、何人かは救える策を、これから二人にも伝える。頼むッ! 僕のことを手伝って欲しいッ!!」


 二人に向かって思いっきり頭を下げた。だけど、二人からはすぐに了承の返事はない。


 ……二人共、何を信じていいのか戸惑っているんだ。


「カイ……俺はお前のことが大好きだ。最高の親友だと思っている。だけど、本当にこの村の今の状況は、そんなに不味い状況なのか? みんな家の中に避難しているのに、俺たちだけ違うことをしなきゃいけないような状況なのか? 俺は頭がわりぃから分からない…。みんなと違うことをして、後で罰せられて、さらに重い罪になったりしないのか? 俺には分からないよ、カイ……」


「……私もハイクと同じ気持ち。何より早く、お父さんとお母さんの顔を見たいわ…。ねぇ、カイ。本当にそれは、私たちがしなきゃいけないことなの? それに、カイは私達にしか予測出来ないって言ったけど、私はこの村がダメかもしれないって判断なんて出来ない。多分、カイはこの一週間の出来事からそう考えたのだと思うけど…。でも、それなら、私たちに罪の意識はないけれど、私たちを処罰すればいいだけの話しじゃないの? 私も…もうどうすればいいのか…カイを信じていいのか分からないの……」


 ハイクは下を俯き、イレーネは両手で顔を覆いながら、泣き崩れてしまった。


 こんな時、僕はどんな言葉を投げかければいいか分からない。


 前の世界では、それなりに人と仲良くすることは出来た。でも、それは“それなり”だった。


 本当に仲の良い、何でも話し合えるような友人を作ることが出来なかった。


 いや、自分から誰かに心から歩み寄ろうとする努力を怠ってきた。


 自分のやりたいこと、自分の趣味に、自分の生きたいように生きてきたからだ。


 僕はどうすれば……。




 自分の頭の整理がつかない中、僕は二人の肩を、僕の右手がハイクの左肩を、僕の左手がイレーネの肩を掴みながら勇気を奮い起こすッ!






「僕は変な奴だ。きっとハイクとイレーネにも、これまで一緒にいた時に、何度も何度もそう思わせてきただろうね……だけど、お願いだ! 僕は二人には死んで欲しくない! 僕に出来ることは少ないけど、僕は二人のことを何があっても守るから!! 僕にとっての“家族じゃないけど家族以上”な二人と、これからも一緒にいたいからッ!! 変な奴の言葉じゃなく、家族のような僕の言うことを信じてッ!!!」






 ……言ってしまった。前は恥ずかしくて言えなかった言葉も。

 でも、後悔はない。本当にハイクとイレーネには生き残って欲しい。

 いつものように、ちょっと恥ずかしさを紛らわすように顔を逸らしながら言ったり、ごにょごにょと言葉を濁して言わなかった。

 これが正解かわからない……でも、これ以上の言葉を僕は知らない。


 二人は真剣な眼差しで僕のことを見据えていた。

 ハイクの肩に載せていた僕の右手を、ハイクの空いていた右手が握り締め、イレーネの肩に載せていた僕の左手を、イレーネの空いていた左手が握り締めていた。

 二人の答えを聞かなくても、僕達の手と手は…もうその答えを伝え合っていた。


「……わかった。お前を信じる。もう一度誓う。こんなところで命を捨てるような真似はしない。お前の言うことに従う、何でも言ってくれ」

「えぇ、カイがとても私達のことを想ってわざわざ言ってくれたって、さっきの言葉から伝わってきた。あなたの想いを捨ててまで、この命を決して無駄にはしないって約束する……さぁ、何をすればいいか教えて」




 二人はあの時と同じ言葉と共に、約束を積み重ねてくれた。




「ありがとう。ハイク、イレーネ……僕も二人のことを何があっても守り抜くことを、ここに誓う」




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