僕は知っている。だから…知って欲しい 二
穏やかな口調でありながらも必死に知って貰いたいと語りかける。
僕の証言の真実性を岳飛も保証してくれる。
「その通りです。これまで興った国々は漢王朝がこの上なく素晴らしい国であると知っていました。その中でも蕭何様は誰からも愛され尊敬されていました。…韓信大元帥の誅殺を行なったと知っていてもです」
「……ッ!! 何故だッ!? 友を殺した不義な男だぞッ!! そんな男が人々の尊敬を集める訳が…」
「先程、カイ殿が仰っておられた通りです。蕭何様は国のために自分の心を殺してまで韓信大元帥を討たれたのを後世の者達は全て知っております。それに、韓信大元帥に翻意がなかったと言えば嘘になります。反乱を企て他の将をも唆したのは事実です。確かに…天下を統一した高祖からの扱いを考えれば憐憫の情が芽生えます。ですが、蕭何様のように不当な接し方をされても自分を低め、国を乱さないように心掛ける事こそ忠臣の在り方です。だから人々は…そして、私も…蕭何様を尊敬してやまないのです」
岳飛は柔和な面持ちのままに頭を下げた。崇敬の念に嘘偽りがないというのを礼を持って表したのだ。
「こんな私をも…君は、君達は……受け入れてくれるのか?」
困惑はか細い声によって問われる。それは親鳥を見失ったか弱い雛のように弱々しかった。
「何を今さら…蕭何様に付き従ってきた始めの頃より、私は蕭何様をお慕いしております」
淀みない声で岳飛は応える。それは涼しげで喉の渇きを癒す清流のようにとめどない言葉で紡がれる。
……僕も言わなきゃ。彼がずっと欲しかったであろう言葉を。
「蕭何、貴方は言いたくもない過去の日々を語ってくれた。貴方は僕との約束を守ってくれた。貴方の名前を当てた時、貴方の生き方を…何を想って……何をしようとしてきたのかを教えてくれた。そんな貴方にお返し出来るのは僕にはこんな事しか出来ないけど、これが僕の精一杯だ。………蕭何、どうか…僕の“友”になってくれないかな?」
……ずっと、想っていた事がある。
彼が何を求め、何を欲しかったのかを。
「“友”に…」
彼の話しと、これまでの彼と過ごした時間で伝わってきた想いがあった。
スッと手を差し出す。…まだ、彼の顔は沈んでいた。
だけど、ゆっくりと…微々たる変化に過ぎなくとも顔は少しずつ起き上がる。
「本当に…いいのか? 君と私とでは歳の差もある…」
その目は僅かに赤みを帯び潤んでいた。
潤んだ瞳の中には、待ち焦がれたものを受け入れていいのかという恐れも孕んでいた。
「友に年齢は関係ないよ。ヨゼフの仕えたダビデって人は、親友と何十歳と離れていても友の契りを結んだよ。…だから、安心して。もう蕭何は“自分を許してもいい”んだよ。貴方の贖罪は十分に果たされた。以前の世界で多くの人々に安寧をもたらし、この世界でも仲間である僕達を沢山助けてくれたじゃないか」
「…ッ!!」
友を裏切ったという自責の念が、友を見出すのすら許せなかったのだろう…。
彼の真面目さが自身を許さず、自身を個の窮地へと追いやっていたのだ。
「………もう私は、自分を許してもいいのか」
「……うん、蕭何は自分を許すべきだよ。だから一緒に…もっとこの国を、この世界の人々を笑顔にさせようよ」
彼から浴びる羨望の眼差しの瞬間はいつも同じ時だった。
それは僕達がふざけ合ったり軽口を言い合ったりする時だった。
懐かしむような…羨ましがるような目が…とても印象に残っていた。
「……わかった。私は自分を許そう。だから、その…私の方からもよろしく頼む」
握り締められた手は事の他に暖かく、彼の本来の性格の温かさのようでもあった。
ようやく蕭何は…自分で自分を許せたのだった。
人の生身の傷はある程度の痛みなら時間が経てば癒えるけど、心を抉った深い傷は簡単には癒えない。
どんなに素晴らしい魔法が存在しても、その傷を癒す事は出来ないだろう。
けれど、その傷を癒すために出来るのは…一緒に寄り添って共に時を過ごす友たる存在なのだろうと、僕はそう信じる。
タイトルでカイが知っているとした理由は歴史的な観点と、共に過ごした時間から感じた蕭何の欲しかったものを知っていたという理由で付けさせて頂きました。
次は答え合わせです。




