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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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三傑の英雄 蕭何 友よ…なぜだ…… 四

 それから程なくして…陛下の容体はどんどん悪化していった。医師の手当てが施されても日に日に弱くなっていった。

 皆は落ち着かないような雰囲気で(せわ)しなく動き回っている。次の後継は陛下と呂雉の子である劉盈(りゅうえい)が継ぐ事が決まっているが、万が一に備えて(つつが)なく国政の運用を行なえるように準備を整えている。

 私はその間も国の財政や土地の管理、税収など普段と変わらない業務を淡々とこなしていた。




 そんな中、ついに恐れていた報が私の元に届いた。




「蕭何様ッ! 急ぎ陛下の寝室にまでお越し下さいッ! …御臨終でございます」


 開いていた竹簡を放り投げ、急ぎ足で陛下の元へ駆けつけた。すでにそこには多くの重臣達が集っていた。


「…陛下、蕭何様がお着きになりました」




「……そうか。蕭何よ、近こう寄ってくれ」




 言われるがままに近くに寄り、弱々しい陛下のお声が聞こえるように耳を(そばだ)てる。


「………蕭何、其方に国政の全てを委ねる。盈はまだまだ政治の事をわかっていない。あやつを良く補佐してくれないか。頼む…頼むッ!」


 この前までの覇気や威厳は一切なかった。こんなにも人は弱くなってしまうのか…。

 床に()せて自身の無力さを嘆き、自分が恐れていた相手に懇願するように頼み込む姿にかつての天下人たる威風はなく、ただ子を想う親の姿だけがそこにはあった。

 憎しみがなかったと言えば嘘になる。…だけど、こんな姿を見てはこう言うしかなかった。

 

「…かしこまりました」


「そうか…これで安心して余も旅立てるというものだ…。蕭何、一つ誓って欲しい。ここに重臣一同もだ。余が死んだ後、劉性以外の者を王にさせてはならぬ。これ…用意しておいた白馬の血を皆に回せ、一人一人が血を(すす)って誓いを…」


 控えていた召使いが私に血の入った深い皿を差し出した。


 自身の子孫の心配でもあるのであろう。しかし、これには大いなる意味がある。正当な血筋である権威を高め、王朝の正当性を後世に渡って多くの人々に知らしめ、皇室の血の気高さを象徴出来るからだ。

 白馬の血を一口飲み、次の者に回す。この場にいる全員に回し終わるまでそう時間はかからなかった。

 見届けた陛下はとても安堵したようで、穏やかな微笑を浮かべた後に(ささや)くような声でこう言ったのだ。





「………良かった。皆には多くの苦労をかけた。…この場にいない、これまで仕えてきてくれた臣下達にも。余は…皆の想いを、人を知るのが怖かった。だからこそ、多くの者を余の猜疑心ゆえにその命をも奪ってしまった。…謝って済む話しでない。だが、せめて…せめてお前だけにでも言わせて。そして…どうか余のような…俺のような者を“怪物”を生ませないで欲しい」







「…………すまなかった。し……」







「…ッ!! 陛下…陛下ッ!!!」







 誰に向けたものかわからない言葉は、弱くなっていく声量と共に()き消え無の境地へと至った。

 呼ばれることのない“名前”は果たして誰に向けたものだったのか。その名前に込められた“想い”はもはや届かない。

 駆け寄って握り締めた手に籠る温もりは急速に冷め、命の灯火が消えていく瞬間であり、それを知った時に生まれた交差する行き場のない感情は、もう何も聞こえない彼を慰めようと…これしか言えなかった。






「………陛下、どうか安らかにお眠りになって下さい。後の事はこの蕭何が…必ずや国をお守り致します」






 一雫の涙が頬を伝って彼の顔に溢れ落ち、渇いた肌をゆっくりと…緩やかに滑り落ちていく。

 あの日から最後まで彼の名前を心の中で呼べなくなっていたが、私は横たわった彼に対しても…その名を呼べないままに最後の別れを終えたのだった。




 私はそれから日々を無意味に送るでもなく、粛々と職務を果たした。国の礎とも言える政治を(おろそ)かにしないように努め、陛下が委ねて下さった国政を盤石なものにするのが私の勤めであり、私に向けての願いだったのだから。




 だが、もう一つの願いを…私は叶えてあげられなかった。彼の息子である劉盈は……壊れてしまったから。




 私はもっと…あの呂雉へ注意を払うべきだったのだ。アレは自身の立場や息子の権力を絶対なものにするために陛下の側室の子を毒殺し、そして…あの忘れ難き人ならざる所業をなしたのだ。




 陛下の寵愛を受けていた側室に対して憎んで憎んで憎しみを募らせ続けていた呂雉は、側室の喉を潰して目を抉り取り、耳を焼き…両手両手を斬り捨て、生きたまま(かわや)に放り込め人豚だと揶揄し、それを自分の息子である劉盈に見せたのだ。




 それ以来、帝である劉盈は寝込み、母親の所業に酷く心を壊してその魔の手が及ばぬように酒を飲み続け、もはや政治に関わる素振りすら見なくなってしまった。




 ……私は、陛下との約束を守れぬ自分を恥じた。やがて私も病に(かか)ってしまった。

 自分の不甲斐なさ…この世の不条理、権威を得た人間のなす行いへの失望がこの身体を動かなくさせたのだ。

 私は国が滅びる時と国が興るまでの覇権を…そして、国を築き上げた全ての瞬間を味わった。

 ………平和のために国を築いたはずであった。だが、平和な時が最も私を苦しめた。

 その先に待っていたのは人の飽くなき猜疑心と…権力と憎しみゆえに殺すのを躊躇わない残忍性を、人は自分のためならばいつでも残酷になれるのだと…私は知ったのだ。




 平和なんか訪れなければ良かった…平和な時代なんか願わなければ良かったのだ。




 あぁ…もしも……もしも私がもう一度だけ生を授かる事が叶うのであれば、私は今度こそ…この願いを果たしたい。




 私がただ…願うのは…………






 タイトルを変えようかと考えましたが、このタイトルのまま蕭何の過去を終えることにしました。

 蕭何の立場からはもちろん劉邦に対して“どうして”という想いがあったと思いますが、劉邦から見ても心のどこかで“どうして”という感情があったからこそ、死ぬ時にあってようやく素直になれたのかなと、勝手な描写を交えながら書かせて頂きました。


 本当はもっと劉邦の死後も書こうかと考えましたが、呂雉の残虐な描写を掘り下げる事になるので詳しく書くのは控えようと変更しました。


 白馬の血を飲むという行為について調べていたのですが、納得の出来る答えは得られませんでした。恐らく何かしらの意味はあったのかと思います。白馬は神の使いなどと古代より高められ続けてきた権威の象徴でもあるので、この誓いのは神聖なものであるとか神の御前での誓いであるなどとかそんな意味があるのかなぁと勝手ながらに解釈しましたが、今後も調査は続けていくつもりです。

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