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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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三傑の英雄 蕭何 友よ…なぜだ…… 二

 ──※──※──※──


「これはこれは蕭何様。すみません、病気ゆえに参内出来ずに」


「韓信…」


 参内出来ないという割には顔色は健康そのものだった。仮病なのだろう。韓信が用心している証拠であった。


「…具合が悪いところ申し訳ない。けれども、どうしても伝えなければいけない事があって」


「蕭何様がわざわざ参られるだけの内容です。病を押してでもお聞きさせて願いたく」


「君も知っているだろう? 陛下が反乱を鎮圧された事を。今、この都には陛下に対しての祝賀を述べるべく諸侯が集っている。……陛下は、未だに君を疑っている。だからこそ…君はすぐにでも参内すべきだと思う。これ以上、無用な疑念を抱かれないように。()()()()()()()()()()()()()()()()


「………」


 押し黙ったまま静かにこちらを覗き見られる。

 私はそっと視線を逸らしたくなった。だけど、ここで不用意な真似をしてしまえば心が見透かされるような気がして、彼の瞳を真剣に…偽って覗き返した。




「……わかりました。他ならぬ蕭何様の御助言です。すぐにでも参内の支度をし、後ほど宮殿に参ろうと思います」




 ………すまない。




「わかった。では、私も陛下にお目通して貰えるように場を整えておく。……では、また後でな」


 後ろを振り向き、ただ真っ直ぐ歩くだけなのに…一歩、また一歩と踏み出す度に胸が苦しくなり、張り裂けそうな痛みを抑えようと、手を胸元に押し当て…ぎゅっと服を握り締めた。

 こんなので痛みが消えないのはわかっている。だけど、こうでもしていないと私は…自分の罪に押し潰されて彼に振り向いて真実を話そうと、駆け寄ってしまうだろうから……。

 彼の屋敷を出る頃には、簡単には取れそうにない(しわ)が上着の中心に渦を描いていた。




「蕭何よ、首尾はどうであるか?」


「……抜かりなく。恐らく韓信はすぐにでも参りましょう。兵達を伏せ…あとは…あとは……」




 どうすべきかはわかっている。




 どうしなければいけないかも…もう、この方法でしか彼を止められないというのも理解している。




 もう……これしかないのだ。








「………あとは、韓信を討ち取るだけでございます」


 






 兵達を物陰に伏させ、その時を待った。宮殿には多くの兵はないとはいえ、一人の男を討つには十分の兵であった。

 ……こんなにも、時を待つのを嫌になった事はなかった。時が止まってくれるならどんなにか良いだろう。そう願わずにはいられなかった。




 コツ…コツ……コツ。




 宮殿内の赤い絨毯の上を歩く、一人の男の足音が遠くでも聞こえてきた。




 ………なぜ、来てしまったのだ。




 君なら、あの言葉の違和感をわかったはずだろう。




 早く来るように言いながらゆっくり来いという矛盾を…君に逃げて欲しくて、君についた嘘を知って貰いたくて、そう願った私の想いを……。




「謀反人韓信よッ! よくぞ来たッ!! …兵達よッ! 奴の身内に知られる前に殺してしまえッ!!」


 呂雉の号令により伏せていた兵士が韓信に目掛けて一斉に飛び出す。しかし、ただやられるだけの彼ではなかった。

 襲いかかった一人の兵士から剣を奪い幾人をも返り討ちにした。鮮血が宮殿内を彩り、血飛沫が床を濡らした。厳かな宮中にあって剣戟を交わす不穏な音色が空気を鳴動させる。


 けれども、国士無双と言われし彼でもやはり多勢に無勢であった。

 兵を率いる能力に長けていても味方がなくては、その軍才を発揮する能力は元より存在しなくなってしまう。

 時鐘堂にまで追い詰められ、もう彼に逃げ場がなかった。




 ……私は、虚空に向かって手を伸ばす。




 何も意味がないと理性は知りながらも本能がそうさせた。




 そんな姿は誰の目にも見えなかっただろう。……彼を除いて。




 彼もこちらに向かって手を伸ばす。




 ………しかし、無情にも時は待ってなどくれない。







 …グサッ!




 …グサッグサッ!!




 ………グサグサグサグサグサグサッッッ!!!







 兵士達が突き出した何十もの槍が彼の身体を貫いた。

 刺さった槍は身体を宙に押し上げ、彼の悲痛な表情が…口から血を吐き苦悶する絶望的な瞬間を描く。

 諦める事なく彼は手を伸ばした。弱々しく力無き手でこちらへと。






 ………そして、彼はこう呟いた。






「……しょ…蕭何…さ…ま………どう…し……て……」







 怨嗟に満ちた言葉を最後に一本の槍が彼の心臓を穿ち、命の活動に終止符を打たせたのだった。

 



 私はこの時の光景を…あの時の言葉を…長い年月が経た今でも忘れる事はなかった。

 私は…国のためと自分に言い聞かせて友を殺し、彼と自分に対して…嘘をついてしまったのだ。





 ………宮殿内の絨毯はいつもよりも鮮やかな紅色に染まり、これから訪れるであろう未来を…

血の流れる日々を暗示しているようであった。






 “友よ、なぜだ”という想いは蕭何も韓信もお互いに抱いていたであろうと考えこの題にしました。

 反旗を起こした韓信に対しての蕭何の想いと、なぜ信頼していた貴方がこんな事を…という韓信から蕭何に抱いていた想いはこうであったのではないかと筆者は考えました。

 蕭何が韓信を逃すような発言をしたのは筆者の脚色です。それだけ蕭何が韓信を殺したくなかったという感情を描きたかったためです。ご了承下さい。


 このサブタイトルはまだ続きます。

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