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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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三傑の英雄 蕭何 時は流れと共に 四

 項羽を打ち倒し、全ての諸侯・諸将が一つの場に集められた。名を天下に馳せた者達が一同に集うこの場には覇気が満ちていた。




 戦場に赴きこれまで全身に数十の傷を負いながらも常に前線に在り続けた曹参。


 劉邦の義弟にして猛威を示しこれまで幾十もの敵将を討ち取った樊噲。


 謀略の限りを尽くし項羽とその配下の者達の仲を裂き、敵方の名軍師・范増(はんぞう)を項羽の元から去らせた策士…陳平。


 敵の後方支援の破壊、撹乱、奇襲戦術によってじわじわと項羽を苦しめ続けた盗賊の出である彭越。


 家族を項羽に殺された恨みを胸に、徹底的な抗戦を展開し槍を振るった猛将・英布。


 常に兵車で戦場を駆け巡り、先の大敗した戦場において劉邦の子を救い、時には主君を戒めるのも躊躇わない信任(あつ)き夏侯嬰。


 幾多にも及ぶ策を立案し、窮地を救い、未来を切り開き、劉邦の歩む道標を示し続けた最上の軍師・張良。


 そして…不可能だと思われた関中攻略を始め、その攻め落とし城数は百二十をゆうに超え、百万の兵を率いて項羽を遂に追い詰めた国士無双たる韓信。




 名だたる者達がここにおり、この中の誰しもが輝かしいばかりの功績を持っていた。

 果たしてこの中の誰が戦功第一に認められるのだろうか…そう、論考行賞である。


 場は(おごそ)かな雰囲気に包まれ、静寂を打ち払って一斉に平伏する。

 中央を歩くは皇帝に即位した劉邦であった。かつては酒場にたむろするゴロツキであったと誰が思うであろうか。

 今では全ての者に認められし王者の風格を有し、誰しもが漂う威厳にひれ伏すのであった。




「皆、(おもて)を上げよ」




 たった一言の号のもとに再び一斉に頭を上げ、劉邦を直視する。


「これより、論考行賞を行う。まず戦功を上げし最も優れし者を評したい。その人物とは…」


 辺りは一層の緊張感に覆われる。誰かのゴクリと唾が喉を伝う音が鮮明に耳の奥にまで届く。なおさら諸将に緊迫感を与えた。

 息詰まる空気を破りし(みことのり)が…衝撃となって我が身を、諸将を襲ったのだ。






「戦功第一は……蕭何であるッ!!」


「「「「「……ッ!!!」」」」」






 ………私が? 


 何かの聞き間違えのように思えた。だが、現実であるのだと諸将の反応で知るのである。


「陛下ッ! 流石に陛下の決定であっても納得しかねますッ!! 私達はいつも前線で戦い、陛下のために進んで身を盾にしてきましたッ!!」


「そうですッ!! 確かに蕭何様は後方で我々を助けてくれておりました……しかし、安全な場所から助けて下さっただけではありませんかッ!?」


「戦功第一は曹参様であるべきですッ! 身体中の至る所にまで傷を負いながら、陛下が旗を上げし時より前線で戦い続け、数多の軍を破りし戦功者ではありませんかッ!?」


 ここまで言われると反論の仕様もないくらに真実であった。私は口を挟む気もなかったので静かにしていた。

 すでに王位が約束されている韓信を始めとした者達や、優れし戦功を上げし者達も黙っていた。

 劉邦は全ての者を諭すようにこう放った。




「それだ。だからこそ私は蕭何を戦功第一にしたいのだ」




 放った言葉の真意を探ろうと、荒ぶった声を上げていた諸将も耳を傾け始める。


「余は…いつも項羽に追い詰められ……戦いに敗れては周りに供がいない山中を駆け巡る事が幾度もあった。そんな時に、いつでも救いの手を差し伸べてくれたのは蕭何ではないか。其方達もその恩恵に預かってきたではないだろうか?」


 皆が黙り込み、静かに聞き入る。語る唇はとめどなく言葉を紡ぎ続けた。


「項羽は我々を何度も何度も追い詰めた。しかし、奴はいつも余を仕留める事が出来なかった。それはなぜか? …それは、仕留める最後の時になっていつも兵糧が不足し撤退せざるを得ない状況が何度も生じていたからだ。だが、この漢軍において一度でも兵糧が不足した事があっただろうか? 兵が送られて来なかった事があっただろうか? ……我々は一度も飢えを覚える事もなく、常に前を向いて戦いに挑め、我らの帰る場所を守ってくれる存在がいてくれたからこそ、我々は覇王と恐れられたあの項羽に勝利を収めたのだ。これこそ戦功が最も優れし行いであろう」


 諸将はもはや言葉を返せなかった。私も皆とは別の感情によって何も言えないままだ。




「蕭何よッ! 前へッ!!」




 言われるがままに中央の赤い絨毯に出て、ゆっくりと…一歩一歩を踏み締めながら前へと進む。

 壇上を上がり平伏する。そして、彼はこう言ったのだ。


「面を上げてくれ……よくここまで余を助けてくれた。何度も窮地を救ってくれた。その功績は万世に渡るまで語り継がれ、人々は其方の所業に賞賛を送り続けるであろう。…全ての者の頂点に立ち、余の傍らで永劫なる平和を築くためにこれからも余を支えて欲しい」


 見つめる彼の顔には誇らしい者を見つめるように、黄河よりも深き信頼を…長江よりも長き平和な世を共に創ろうと語りかけている。




「……はい、陛下。これからも私は陛下の(おん)ために、この国のためにこの身を持って忠を尽くして参ります」


「うむ…頼んだ。………諸将よッ! 戦功第一は蕭何であるッ!!」




 湧き上がる喝采は堂を埋め尽くし、いつまでも鳴り響き…残響と共に記憶へと、想いへと刻まれていった。

 この感動すべき一時を忘れた事は一度もなかった。共に歩んできた友からの全幅の信頼をやっとこの手で掴めたと、あの安酒を飲んでいた頃のような笑顔を彼がもう一度…見せてくれたから。




 他の者には見えないように、私の頬を…流れる雫を袖で拭い、恩賞を手に取って一礼した。

 全ての論考行賞を終えて盛大に催された祝賀の宴。いつまでもどこまでも楽しげな笑顔が溢れ、都でも、街でも、村でも…至る所で人々は平和な世の到来を祝った。

 私はこの光景を眺め、ふと気付けば自らも笑っていた。望んでいたものを手に入れて、これ以上のない幸せを噛み締めていた。






 …………この時の誓いが、私の心を酷く苦しめる事を…私はまだ知らなかったのだ。






次からはずっと書きたかった蕭何の胸中に触れられそうです。

初めて子供の頃に史記を読んだ時、この人はどんな気持ちでいたのかなと考えたのが懐かしく思います。

彼はきっと、とっても悩んだ上で次の話しで書くとある決断を下したんだと思います。

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