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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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三傑の英雄 蕭何 韓信との出逢い 四

「韓信を重用せよだと? 蕭何、曹参。其方らとて韓信の噂は知っておろう」


 …まぁ、こんな反応だろう。私とてそうだった。いきなりこんな話しを持ちかけられても何を言っているんだと誰しもが述べるだろう。


「漢王よ。韓信こそ天下泰平という大願を成すために必要不可欠な人材です。私も最初は(あなど)っておりましたが、韓信はかの太公望や孫子にも並びうる逸材です」


「だが、あの者は貧しい者の出であると聞く。そのような者が其方の言わんとする人物であるとは…」


「漢王。重ねて申し上げますが、先の太公望とて漁夫の者でありました。出自など関係ありません。韓信はあらゆる兵法に通じ、兵法を実用的に運用出来るだけの知恵もあります。策を見抜く眼力も備え、人の道理を理解しております。かの者を重い役職に任じてこそ、その力が存分に発揮されるでしょう」


「重い役職とは?」


「大元帥にございます」


「だ、大元帥だとッ!?」


 私には確信めいたものがあった。劉邦に光るものを感じた時のように、韓信にも惹かれる特質めいたものを肌で感じ取ったのだ。


「いきなり大元帥に任じよなど…無理な話しだ。まずはどれ程の者かを知るために米倉の管理でも任せてみようではないか」


「…わかりました。ひとまずはそれでご様子を見て下さいますよう」


 確かにいかほどの者かを測るべきだというのは賛同出来る。私は韓信に漢王の決定を伝え、韓信も兵糧の管理をするのを承諾してくれた。

 そして、思わぬ形ですぐに成果を出してくれたのだ。


「蕭何様、韓信様の米の管理の仕方は誠に巧みです。あれだけあった量の米を寸分狂いなく計算されておられます」


「……ほう、あれだけあった米をもう計算したのか」


 かなりの量が貯蔵されていた米であったが、もうやるべ作業をこなしてしまったようだ。


「ふむ、これはもう一度奏上すべきであろうな」


 すぐに私は漢王に逢う手筈を整えて話しをつけに行く。


「漢王。ぜひ申し上げたき件がございます」


「おぉ、蕭何か。いかがした?」


「はい。漢王が米倉の管理を任せた韓信が膨大な量の兵糧をすでに計算し終え、古米を市場に流し民達が安く米を手に入れられるようにした方が良いとも献策してくれたのです。これだけの成果を見せたのです。ぜひ韓信を大元帥に…」


「また韓信か。うーむ…ただ兵糧を管理するのが向いていただけでは……」


「漢王よ。一つの点に長じた者は、他の面にも長けし者である事がしばしばございます。韓信は間違いなくそのような者であります。どうか彼に兵権委ねて下さいますよう…」


「わかったわかった。では試しに税を取り立てる役人の長でも任せてみようではないか。もう少し様子を見ようと思う」


「…わかりました」


 まだ劉邦は韓信を認める気になれないようだ。仕方がない。韓信には辛い想いをさせてしまうだろうが、ここは劉邦の顔を立てよう。


 こうして韓信は年貢米を管理する長となった。そして、思わぬ形ですぐに成果を出してくれた。


「蕭何様、韓信様の件で奏上したき旨がございます」


「…韓信が何かしたのか?」


 民達を取り纏める長老達が集まって私の元を訪れた。奏上とまで言うからには何か不満な点でもあるのだろうか…そう思った。


「いえ、韓信様は悪しき事をなさった訳ではありません。むしろ悪しき習慣を取り払って下さったのです。以前までの役人様達は、糧食の税を取り立てる際には賄賂を要求されておりました。そうすれば我々が納める税の負担を減らすという取引でした。我々は立場が弱く従わざるを得ませんでした。ですが、韓信様はその習慣を知られると過去の役人達を罰し、不等な税の取り分をも除き去って下さいました。蕭何様、何卒…韓信様がこれからも我々の上に置かれますように」


 ……何と、そのような話しがあったとは。この者達は訴えたくても出来なかったのであろう。役人からの圧力があったに違いない。だが、韓信はその高き垣根をも取り払ったのだ。


「其方達の願い聞き届けた。だが、韓信は其方達だけの上に留めおくのはもったいないと思わんか? 私が必ず王に韓信を重く用いられるように伝えよう」


「おぉッ! それは良かった…よろしくお願い致しまする」


 民達も韓信の公正さに心打たれたようだ。さらに周りの兵糧の管理をしている者達に聞くと、韓信の仕事振りはとても素晴らしいものだった。これは早速、漢王に奏上しなければ。


「漢王。民や兵糧を管理する者達に韓信の評を聞きました。これまでいた兵糧を管理する者の中で一番の業績と評判を得ているようです。韓信を大元帥に…」


「……蕭何よ、また韓信か。もうこの僅かな期間の間に二回も昇進させたのだ。これ以上、韓信だけを出世させては他の者達からの不満が湧き立つのは間違いない。それにいきなり大元帥など無理な話だ。さらなる実績を示すまで少し待つのだ」


「……わかりました」


 なかなか劉邦には韓信の器の大きさを理解頂けないようだった。

 私は王の決定を急ぎ韓信に伝え、韓信はその意に服してくれた。

 ……この時には何ら不満がないように見えていた。




 ………そう、思っていた。




「何ッ!? 韓信が出て行っただとッ!?」


 門番の兵士達が夜分遅くに訪れ、韓信が(めい)を受けと述べて門を通って行ったという話しであった。

 不穏に感じた門番達が急ぎ私に知らせてくれた。


「…こうしてはおれんッ!」


 着ていた衣装のまま外へ飛び出し、彼のいた屋敷に走る。まずはどこに向かったかの手掛かりを得ようと向かった。


「…ッ!! しょ、蕭何様ッ!? こ、これをご覧下さいッ!!」


 屋敷に着くと、韓信の屋敷に遣わしていた家人が火急な面持ちで手に握り締めていた竹簡を私に委ねた。

 

「………これは」


 そこには韓信から私宛てにしたためた(ふみ)が記してあった。中には漢王に見切りをつけて他国に身を寄せるという内容だった。


「絶対にダメだ…韓信のような逸材は簡単に得られる人物ではない。必ず連れ戻してみせるッ!!」


「しょ、蕭何様ッ! どこへ行かれるのですかッ!?」


 馬に跨り、他の者の制止を振り切り、城内を抜け出して暗闇の山中を無我夢中で駆ける。

 そこには一国の宰相を冠する権威者ではなく、一人の必死な男の姿があった。




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