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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第一章 “歴史を紡いではならない”
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黄金の朝

 あれから一週間が経った。


 あの先生のような人は、あれから何もしてくることはなかった。

 僕達の勘違いだったのかな。いや、勘違いであったと判断するのは、まだ早い。

 こちらから探りを入れるべきか。


 ───しかし、そんな状況でも今日からいよいよ始まることがある。


 父さんや母さんに起こされることなく自分から起きた。

 楽しみにしていたことがあったからだ。


「父さん、母さんおはよう!」


「あら、カイ、おはよう。今日は早いのね、父さんは外にいるわよ」


「分かった!」


 父さんもこれから忙しくて大変なことになるのはわかっていても、楽しみにしていたんだろうな。

 楽しみにさせるだけの価値ある風景が、早起きさせるだけの原動力へとさせてくれる。




「父さん、おはよう!」


「おぉ、カイか。…見てみろ、もうじき陽が昇ってくるぞ」




 少しずつ、少しずつ太陽が昇ってきた。


 薄暗い景色が、陽を浴びることで色彩を取り戻す。

 

 …そして、その陽の光が、朝靄のかかっていた大地に徐々に降り注ぐ。




「わぁぁぁぁ……」



挿絵(By みてみん)



 陽の光が大地に降り注がれ、その地にあるものをより一層輝かせた。


 目の前には辺り一面に黄金で染まった大地が、見渡す限りに広がっていた。


 ……凄い、凄いよ! 毎年見る光景だけど感動せずにはいられないッ!!


「良い景色だな…。これを見ると今年も頑張ったなって、思える」

「…そうだね。父さん達が頑張ったから、こんなにも綺麗なものを毎年見ることが出来てるんだ。……ありがとうね、父さん」

「何を言ってるんだ。カイが手伝ってくれなきゃ、こんなにも良い麦は出来なかった。……いつもありがとうな、カイ」

「えへへ…」


 ちょっと照れくさくなった。

 この一年は色んなことがあったな……主に師匠のことだけど。

 でも、一年間頑張ったと胸を張って言える。

 頑張ったね、僕!


「さぁ、家に入って朝ご飯を食べよう。今日は朝から大忙しだぞ。カイも帰ってきたら手伝いをよろしく頼むぞ」


「うん!」


 気前のいい返事をして、父さんと一緒に家の中に戻った。母さんも興味津々なようで尋ねてきた。


「どうだった? 今年も良い景色が見えたの?」


「あぁ、最高だったよ。後で、母さんも見てくると良いよ。頑張ろうって気になれる」


「うん! とっても良かった。綺麗だったよ」


「そう。それは楽しみね。ふふふっ」


 みんなテーブルの上に朝ご飯を並べて、それぞれの席に着く。


「「「いただきまーすっ!」」」


 今日はより一層、普段よりも倍速でご飯を食べる。

 急いで早く食べて、収穫を行わなければならないからだ。


「すまんな、母さん。今日から当分の間、一緒によろしく頼むな」


「えぇ、よろしくお願いします」


 この小麦の収穫の時期は、女性も機織りの仕事を一旦ストップして収穫を手伝う。


 まず、男性が鎌で小麦の刈り取りを行う。

 次に、麦束を乾きやすくするため小さな束に結ぶ作業を行う。これを女性にやって貰う。


 そして、小麦もお米と同じように、収穫後は乾燥させる必要がある。

 お米の乾燥には、日本にいた頃は乾燥機を使っていた。だけど、そんな素晴らしい効率的は機械は、もちろんこの世界にはないので、自然乾燥させる。


 束ねた小麦を棒などに架けて約二週間、天日と自然風によって乾燥させる。これを“はさ掛け”という。

 はさ掛けする作業は男性が行い、その間に、女性は落ち穂拾いを行う。女性の手伝いはここまでで、この後は機織りの仕事に戻る。


 二週間後、乾燥させて水分の抜けた小麦を脱穀していく。殻竿(からざお)と呼ばれる棒で、硬い地面や脱穀板に刈りとった麦を置き、激しく叩いて脱穀する。

 そして脱穀した小麦を籠に入れ、空中に放り上げながら、軽い籾殻だけを前方に放り出し、選別する。その後、脱穀し選別された小麦を、水車小屋で製粉する。

 この村は国境沿いの大きな川から、農業用の水路を引いていて、小麦や作物のための農業用水として利用することと、水車小屋を利用するためにも使われている。

 水車小屋の水車がグルグルと回転すると、小屋の中の仕掛けもグルグルと回転しはじめ、石臼に載せられた小麦がじっくりと石臼の中へと吸い込まれていき、石臼の回転により、小麦を挽くことが出来る。

 

 こうして小麦は小麦粉として麻袋に詰められ、税として納められる。


 小麦粉を作ることはとんでもない重労働で長い時間が掛かる。

 だからこそ、この時期はみんな必死に頑張ろうって、誰もが気合いが(あふ)れんばかりになる。


 とりわけ収穫は急がないと、穂が白っぽくなって湾曲していき、粒にシワが目立つようになり、つまり刈り遅れになってしまう。

 収穫は時間との勝負も要求され、女性の手伝いもないと間に合わないぐらいだ。

 もちろん、子供である僕達もバリバリに働く。


「カイも学校から帰ってきたらよろしく頼む。帰り道に寄り道はするなよ」


「し、しないよ! 今日は早く帰って来て、僕も父さん達の手伝いを頑張るよっ!」


 最近、あの森を経由して帰って来ることが多かったため、ちょっと後ろめたい気持ちになりながらも、父さんと母さんのために頑張ろうって思った。


「助かる。じゃあ、俺は先に行ってる。二人共、今日からしばらくよろしく頼む」


「「うん(はい)! 行ってらっしゃーいっ!」」


 父さんが行ってから僕達も食事の片付けをして、家の掃除を手早く終わらせる。


「さぁ、今日から皆んなで頑張りましょうね。カイも…真・っ・直・ぐ・帰・っ・て・来・て、一緒に父さんのお手伝い頑張るわよ。気をつけて行ってらっしゃい」


「……う、うん。行ってきまーす」


 何だか僕が寄り道をすることを前提に釘を刺される。

 寄り道をバレるようなことを何かしたかな? 

 朝からの暑さも相まってなのかは分からないが、冷や汗がほんのりと頬を伝った。


 いつもの集合場所に向かった。そこに向かいながら思い出した。

 そういえば女の子達も収穫の手伝いをするのかな? 

 機織りの仕事のノルマが達成出来そうにない家庭で女の子がいる家では、女の子だけ機織りを優先して収穫の手伝いを見送る所も中にはある。


「「おはようー」」


「おはよう。ハイク、イレーネ」


「今日から忙しくなるね。イレーネは今年は収穫を手伝うの?」


「そうね。収穫のお手伝いをすることになるわね。街に行くまでに出来る親孝行だもの。精一杯頑張るわ」


「イレーネは偉いね。僕も負けないように、頑張らなきゃ」


「負けないように…ね。私とハイクの目標は、今日の馬術でカイに勝つことだったんだけど。ねぇ、ハイク?」


「おうっ! 今日こそはカイに負けないぜ」


「えっ? 僕は父さん達への親孝行を負けないように頑張るって言ったんだけど…」


「それはそれ。これはこれよ。カイに負けないように頑張るって、いつでもそれは私の目標なんだから」


「俺も馬術だけはお前に勝ちたいな。…ってな訳で今日はよろしく頼むぜ」


「うぅ…僕は違う意味で言ってるのに…。でも、二人には今日の馬術も負けないよ。今日もよろしくねっ!」


 そんな他愛もない話しをしながら、黄金に輝く大地の中を三人で歩きながら学校に向かう。

 辺りには誰もいない。




 …まるで三人だけの世界のように。








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