三傑の英雄・蕭何 劉邦との出逢い 一
「君を私の主と仰ごう。これからは君の言う事を聞く。…さぁ、君が私達を導くんだ」
───初めはただ、自分の責任を逃れるためだった。どうしようもない時代の変化がこんな片田舎まで訪れてしまい、仕方なく私はこの男に付き従う事を決意したのだ。
単なる下級官吏に過ぎなかった。それでも私は満足だった。一重に安息たる日々を過ごし、与えられた仕事を真面目にこなしていくだけで良かったのだから。
「おうっ! 蕭何殿っ! 今日もシケた面をしてんなぁっ! 相変わらず真面目なこった!!」
「はぁ…君も相変わらずうるさいな。ちゃんと仕事に励んでいるのか?」
「おうともっ! この後は皆で飲みに行くという大事な仕事があるでなっ!! 後で時間があったら蕭何殿も来てくれよなっ!!」
「……君の飲む酒だけはタダ酒だろうて。全く…」
この男は宿場の役人の亭長という立場の劉邦というだらしのない男だ。
酒と女が大好きな碌でもない男だ。それなのに多くの者達に人気があった。
いつもこの男だけは酒場の主人も金を取らないのだ。自然と劉邦がいるだけで酒場には人が溢れかえり、酒場が繁盛するから代金は要らないとの事。酒場の主人も大層なお人好しである。
「……しょうがない。後で顔を出してやるか」
仕事終わりに飲む安酒を楽しみにしながら、再び書物に目を通し始めた。…私も酒場の主人と同様に、なぜか劉邦を嫌いにはなれなかった。
ある日、県令が豪族の呂文を迎え入れる宴会の席を設けるから接待などの全ての手配を整えるように言ってきた。
いつも通りに真面目に職務に励んだが来訪する客があまりにも多く、持参金が千金以下の者達には地面に座って貰う事にした。そんな中、大きな声が突然上がった。
「りゅ、劉亭長の持参金…い、一万銭ですッ!!」
ざわざわとした驚きが各所から聞こえてくる。だが、私にはわかっていた。あの大ボラ吹きめ…どうせタダ飯にありつこうとしてるだけに決まっている。
「……呂文様。あの者は酒と女が好きな碌でなしです。どうせ今回の件も嘘に決まっています。あまり本気になされませぬように」
「ほほう…そうなのか。まぁ、ひとまずは彼と話しをしてみようではないか。どのような碌でなしであるかも気になるしな」
小声で呂文に近づき耳打ちする。けえども、私の助言はさほど気にせずにあの者との会話を楽しまれた。
その後、ある風の噂を聞いた。どうやら呂文は自分の娘を劉邦の嫁として与える事にしたようだ。随分な物好きもいるもんだなと改めて思ったものだ。
それから暫くの日々が過ぎた。都からの伝令が訪れ、私の元にも書が届けられた。中を開くと、都で労役のための人夫を欲しているから派遣するようにとの命令書であった。ふむ…ここはあの男に行って貰うか。長い旅路になるだろうしアイツの言う事になら多くの者達も聞き従うだろうしな。
「……で、俺が皆を連れて行けって事ですかい?」
「そうだ。君が皆を連れて都まで行くのだ。念のため言っておくが…期日までに到着しなかったらわかるよな?」
打首になる。何か大変な理由があって遅れた場合であっても、言い訳無用と言い捨てられ首を斬られるのだ。
「大変な役目ではあるが君にしか頼めん役目だ。これは少しばかりではあるが私から君への気持ちだ。……決して無駄遣いはするなよ」
少ないとは口では大見栄を吐いているが、私の給金からしたら結構な金額であった。劉邦に大役を任せるのだから、これくらいは援助しておきたかった。
「おぉ〜ッ! い、いいのかッ! ありがとう蕭何殿ッ!! ちゃんと役目は果たさせて貰うッ!! …さぁて、今日は大宴会になるなぁ」
「無駄遣いはするなよッ!!」
数日後…彼は人夫の男達を引き連れ、都・咸陽を目指して旅立って行った。
筆者のイメージした蕭何と劉邦とのやり取りです。蕭何が劉邦に人夫を率いるように命じたという記述はありませんが、彼の立場上ならあり得るかもと書かせて頂きました。
蕭何が当初は劉邦を好きではなかったという説もありますので、あくまでも筆者の一意見だとしてご覧下さい。




