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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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“たとえ凍死しても家屋を焚き火とせず、餓死しようと糧食を掠め取らず”

「そして、翠微(スイウェイ)…何で僕がその逸話を覚えていたか…貴方は存じないだろうけど、盟友たる韓世忠は貴方の無実を訴え続けた。貴方の処刑を止めようと必死になって。…けど、宮廷内でその言葉は無意味に等しかった。ただ一人の意見などに力はなかった。貴方の死を止められなかった韓世忠は、二度と軍事を語る事なくひっそりと暮らした。その時に彼が家に名付けたのがこの名だった。"翠微"…と…これは貴方が生前美しいと言った土地の名です」


「そうでしたか…韓世忠が……。随分と懐かしい名だ。彼と出逢った最初の頃は、歳下で生意気な私を気に食わなく彼は思っていました。彼のような真っ直ぐな人物というのは、あの時代…あの場所では数少なかった。だからこそ…時間と共に我々は互いに惹かれ合う友となれたのです」


 虚空を見上げて目を閉じる。忘れ去られし日々を懐古し、かつての日々を想い出していた。

 岳飛と共に国を守った“万人敵”。一万の軍勢にも値すると評された韓世忠は柔和で飾らない気質を持った名将であった。

 凄まじい勢いで出世する岳飛と運に恵まれず苦労人であった韓世忠は、当初は良くなかったと云われている。


「カイ殿ならわかってくれるでしょう。この話し方は若かりし頃の失敗を振り返り言葉遣いを改めたのです」


「前に僕達に話してくれましたね。"皆さんくらいの歳の頃なんて、今の皆さんよりも人としての出来は良くなかったですし、大人と呼ばれる歳になっても全然でしたから"…って」


 頑張り過ぎない程度に頑張るのが大事だと教え諭してくれた時の話しだ。こんなにも人の出来た人物なりの冗談か謙遜さの表れかと思っていた。

 しかし、これも事実であったのだ。岳飛は若かりし頃、生意気な口を上官に向けても(はばか)る事なく意見をしたり、または雲の上の存在である皇帝に対して“共にもう一度侵略者達と戦って欲しい”などと上書を送りつけるなど、遠慮というものを知らなかったのだ。

 そのため、一度は下級将校をクビになってしまうという失敗も犯していた。

 

「生意気な若僧が…と、多くの者には映ったでしょうね。たとえ城が降伏し私の軍が孤立したとしても戦い続けた生意気な若僧でしたからね」


 当時、建康という大きな城を守っていた将が降伏し、最前線で戦い続けていた岳飛はやむなく軍を後方に下げ、単独でその後もゲリラ戦を駆使して戦い続けた。

 宮廷との連絡も途絶える中での孤立した戦いであったが、岳飛率いる軍は悪戯に民を傷付ける事なく綱紀が保たれており、多くの民衆の支持を集め戦線を維持する事がなんとか出来ていた。

 深入りし過ぎた敵が撤退する頃を見計らって反転攻勢の末、建康を取り戻す事に成功したのだ。


「生意気であっても貴方がいなければ宋という国はとっくに滅びていたはずです。それに貴方の軍に正義があった」


 岳飛の軍は“岳家軍”と呼ばれ、農民出身であった岳飛は民から略奪する事を禁じ、略奪を働いた兵士の首は斬られ、商人に対しても脅すような行為をした者に死罪を課すなどの厳粛な規律を敷いていた。


 “たとえ凍死しても家屋を焚き火とせず、餓死しようと糧食を(かす)め取らず”


 この法を第一に据え、人心を掴む後世の手本となる軍隊となったのだ。それに…


「いま思えば…あの食事の席で岳飛があのような行動をしたのも頷けます。みんなが食事を食べるのを見届けてから箸をつけたのも、それが昔からの癖であったと言っていたのも逸話通りだったんですね」


 最下級の兵士と同じ食事を摂り、全軍に兵糧が行き渡ってからようやく岳飛は食事に手をつけたという。

 多くの若者達は岳飛率いる軍に加わろうと志し、当時の中華にあってはまさに最高の軍団を築き上げたのだ。




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