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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第一章 “歴史を紡いではならない”
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誰かの視点 二

 ル・ボーチノーテ帝国 首都ルカーコラム


 そこに一人の宰相がいた。


 彼は首都で政務に明け暮れていた。皇帝自身が戦争に赴き、他の宰相は新しく併合した地域の法整備、反乱分子の粛清などに対応を迫られているので、彼一人で首都の内政や、国内の情報収集、他国との外交などを行っていた。


 コンコンっ、コンコンっ


「何だ?」


「学校に関する密書が届きました」


「ご苦労。秘書に取りに行かせるので、その場で待て」


 この宰相はいつでも警戒することを忘れない。広大な大地を支配下に治める帝国だ。一枚岩ではない。

 古くからこの地で権力を有し、時勢の流れで現在の皇帝を後押したおかげで、甘い汁をガブガブと飲み続けてきた無能な上級貴族共も、未だに自分達の権威やら権力を保持しようと必死だ。


 他の宰相が戦功や勲功を上げようとしない者は、爵位を剥奪あるいは降格という法を施行したおかげで、最低限の働きは見せているが、それでもやはり最低限だ。

 もっと良い働きを見せて貰いたいと思っている。しかし、そういう(やから)に限って、地位の高い者の粗を探そうと必死だ。

 あるいは自分達にとって不利益な法や、(まつりごと)を行おうとしている者に対しては、なおさら蹴落とそうと躍起になっている。

 外の領土に目を向けたいのに厄介極まりない連中ばかりだ。


 秘書が武器を携帯しながら扉まで近づき、密書を受け取れるだけの僅かな隙間を開けて、文官から密書を受け取った。


 この宰相は内政・外交の手腕に長けており、皇帝に上奏する時にも、彼は怖気付いたりはしない。

 彼が主導して学校教育を整えていた。彼自身は学校という存在が大っ嫌いだった。

 だが、彼の人格を形造ったのも学校だった。彼の優秀さを強制的に築いたのも学校だった。

 だから、彼は自身の経験を通して、学校という箱庭を創ることで、優秀な者を輩出させようとしていた。


 ある教育の過程において、優秀な者が今年はどの位いるかを報告させるようにしていた。

 優秀な者であればあるほど、彼は喜んで、その者を学校内で孤立させるようにしていた。

 差別や孤独、抑圧させた環境下に置かれてこそ、優秀な者が育つと信じていたからだ。

 ゆえに、どんな些細なことであったとしても、学校のことで何かあったら自分に報告を届け出るようにと彼は部下に命じていた。


 密書を手に携え、秘書が宰相の座る席にまで近づく。

 秘書はその内容に目を通して、顔を背けたくなった。


「どうした? 悪い報告なのは間違いなさそうだな」

「……はい。かなり面倒くさいことが起きました。この密書によれば南の三百人集落の一つで、帝国の指針に沿わない思想を持った子供が幾人か育ってしまったとあります。このままでは、集落全体にその思想が蔓延するかもしれず、早急に排除することを願いたいとの内容です」


 三つの集落に農奴が三百人ずつ配置され、 そこに三人の兵士と一人の役人と一人の教師を遣わす。

 実は、カイ達や一般的な村人は知らなかったのだが、三つの集落の比較的中心部に、百人の兵士がいる駐屯所がある。


 駐屯所の百人の兵士を含めた合計約千人単位の括りで、“村”という認識だ。街や都市、王都ではそういうものだと思われている。

 集落から初めて街に来る者たちは、自分たちの知らない様々な常識の一つとしてこのことを知る。


「そうか。帝国の指針に沿わないとは、どういう内容だ?」


「帝国からの逃亡の危険性、及び他の国に羨望の眼差しを向けている、と」


「逃亡の危険性? 南の集落というとラ・パディーン王国との国境沿いのか?」


「はい、左様でございます。よくお分かりになられましたね」


 当たり前だ…と自分の心の中だけで呟く。何せあの集落は、これから戦に備えて最重要拠点の一つになり得る。

 あそこには、ラ・パディーン王国に渡るための橋もある。


 国境の川沿いに防衛網を敷き、兵站のための補給基地を作らねばならない。

 だが、これはまだ周囲には明かせない。皇帝陛下を含め、ごくごく僅かな者しか知らない。

 王国に対する情報収集の密偵も、自身の裏の屋台骨として働く暗部を利用している。

 ……このことは秘書にも知らせていないのだ。それだけの重要機密だ。


 表面上でも未だに友好国。戦争が始まるギリギリまで、仲の良い国であると装っておかねば。

 …それに、一抹の不安もある。帝国の将兵は最強を誇るが、今回の南の遠征には陛下が軍を率いるのではない。


 他の大元帥、元帥、上級大将達も、他の前線で今も戦っており、恐らく南の遠征時期には戻ってこられない。

 それに、先の変事で多くの優秀な者たちを失ったのも痛い。

 クソッ! “鉄()石壁”を要するあの国が、ここまで陛下を苦しめるとは………。

 兵糧も逼迫(ひっぱく)しておる。南の遠征を成功、もとい失敗させないために何か良い手は……。


 臆病者と揶揄されようとも備えは必要だ。必要以上でも長期に渡って戦をするための備えが。

 今回は碌でもない奴らの誰かが、軍を率いる可能性が高い。

 そのため失敗の可能性が大いに高まるというものだ。

 出来れば副将だけでもマトモな者をつけたい。今のうちに根回ししておくか……。


 税もギリギリまで引き上げているから、これ以上不満要素を自ら作る必要もない。

 ………しかし今ここに、大義名分が転がり込んできた。

 それも…いま必要としている兵糧を、少しでも増やせる良い名分だ。

 あの一帯は小麦の産出量がとても多い。一つの集落と言えど今は兵糧を増やさなければいけない。

 それに、これからの戦に備えて不満分子に対する見せしめのためにも今回の件は大いに使える。

 逆らえばこうなるという見せしめはどこかでやらねばならん。

 住民の反乱思想の抑制のためにも、これは必要な措置であろう。

 




「そうか。では王都の精鋭千騎を今すぐ派遣せよ。もう時期、実りのある小麦が取れる良い頃だ。……楽しみだな。小麦の収穫も行いつつ雑草も全て刈り取ってくるように。雑草はその場で燃やしてしまえ」





「……よろしいのですか。流石にそこまでは…」




 この秘書は、その言葉に隠された意味をすぐに勘づいた。つまり…村の全てを……()()()()()、という事を……

 


「何を言っておる。農奴は小麦を刈る前の時期は、他の畑の雑草を刈るではないか。その刈りこぼしを、我らが精鋭を派遣してまで、親切に行なってやろうとしているだけだ。親切心以外の何物でもないと思うのだが…」


 納得しろ…という意味を込めて秘書に対する視線を強めた。

 その視線を受けただけで、秘書は萎縮してしまう。

 何が何でも納得せざるを得ないからだ。


「し、しかし……一つお聞きしたいのですが、千騎は多すぎではないでしょうか?」


「いや、あの周辺は国境沿い故に、武器の携帯が許可されていたはずだ。念には念を入れて何が悪い?」


「……かしこまりました。仰せの通りに手配いたします」


「それで良い。それから今回報告した者には報酬が必要だ。私がどんな報酬が良いか、その者を見た上で考えるゆえに、王都まで連れてくるように。…よいか、真に報告した者だけだぞ」


 秘書は最後の言葉の意味も飲み込みながら、王都守護軍に命令書を出す。

 王都守護軍の精鋭千騎は、刈り入れの取りこぼしを刈り取るために走りだす。




 正確には…“狩り取る”ために。




 薄い黄金色に染まった大地の中を駆け抜けて。




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