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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第一章 “歴史を紡いではならない”
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黒雲

 合図と共に一斉に走りだす。先頭は僕だ。


 僕の次にハイク、イレーネが続く。


 …だが、油断は出来ない。この速度で走り続けるのは馬と騎手の両方に負担をかける。


 だからこそ僕はこの子と心を通わせながら走る。この子の名前は“黒雲”。


 勝手に僕がそう呼んでいる。僕は馬術の訓練の時はいつもこの子とパートナーだ。

 青毛(あおげ)と呼ばれる全身が真っ黒の最も黒い毛並みで、なぜか僕以外の生徒は乗せようとしてくれない。だから黒雲と名付けた。


 武田信玄の愛馬の黒雲は、信玄以外の誰も自分の背に乗せようとしない気性の激しい馬だった。

 その逸話がこの子とピッタリ重なったので黒雲と呼んでいる。


 授業の時も一、二年生は誰も乗らない。僕の番がくるまで黒雲は訓練場で寂しそうに待っている。

 だけど、僕が乗ることでその寂しさを発散させるように、黒雲は猛烈な勢いで走り続ける。




「頑張れ、黒雲! このカーブを曲がったら直線になる。お前の力を示せ、お前の持つその力強い走りを魅せてくれッ!」




 この子は頭の良い子だ。僕の掛け声が何を言っているかいつも理解し、今の言葉にもきちんと反応してくれた。


 直線になった途端、黒雲の脚の回転が速くなる。


 その脚のリズムが、先程よりもより多く刻まれる。


 黒雲が風に乗っているかのような速さで、首位をキープしたままゴールした。




「一位カイ、二位ハイク、三位イレーネだな。お前たちの乗りこなしは街に行っても上位に入るだろう。今日も本当によく頑張った。この後は、馬たちのことを(いた)わるように」


 先生に褒められて嬉しくなった。ちゃんと黒雲を撫でくりまわそう。


「いやー、今日は抜けると思ったけど、最後の直線で離されるとはな。やるな、カイ」


「うーん、私も調子良かったのに残念ね。負けたわ」


「あいがとう。でも、二人も僕のすぐ後ろにいたから気が抜けなかったよ。それに、僕がというより、やっぱり黒雲が頑張ってくれたからだよ」


 そう言って僕は、すぐ隣にいる黒雲の頭に顔をピタっとくっつけて、父さんが僕の頭をワシャワシャするように黒雲の頭をワシャワシャと撫でくりまわす。


「ありがとうね、黒雲!」


 どことなく黒雲が喜んでいるような顔をした。

 …可愛いなぁ〜、ヨシヨシ。


「カイは黒雲が大好きね。…私の“アイリーン”も頑張ったわよ、ね〜!」


 そう言ってイレーネはアイリーンをヨシヨシする。


「俺の“アル”も頑張ったぞ。なぁ、アル」


 二人共僕の真似をして、馬に名前をつけて可愛がっている。

 他の子も馬を撫でてあげるが、名前をつけてまでは可愛いがっていない。


 流鏑馬の修行でも馬を大事に扱い労わる。

 その子を知ることを教えられたので、僕はいつでも黒雲を大事なパートナーとして大切にしている。


 二人もアイリーンとアルのことが大好きだ。本当に動物は良いよね。

 人と話す事で相手を知るような関係を築くことは出来ないけれど、そこには確かな絆が育まれていくから、一緒に過ごす時間を大切にしたいと思う。




 三年生全員が走り終えた。外周で待っていた一、二年生も訓練場の真ん中に集まってくる。


「今日の授業はここまでだ。三年生は私と一緒に放牧地まで馬を連れてくるように。一、二年生は教室に戻り帰る支度を整い次第、下校して家族の手伝いをするように」


「「「「「ありがとうございましたっ!」」」」」


 先生の挨拶が終わり一、二年生は先に教室に戻る。


 これから僕達三年生は馬たちと共に厩舎に向かう。

 三十頭を連れて来ているので何人かは馬を二頭引き連れることになる。

 馬術が上手いってことで、必然と僕も選ばれる。

 放牧地は訓練場から歩いてすぐだ。移動距離もそこまでかからない。


「よし、着いたな。では各自、馬にそれぞれ餌と水を与えなさい」


 僕も黒雲ともう一頭の馬のために、木製で出来たバケツに餌を入れてそれぞれの前に置いてあげた。

 その間にもう二つ空のバケツを片手に、水を汲む井戸まで歩く。


 井戸で順番待ちになりながら黒雲達のための水を汲み上げ、水の入ったバケツを黒雲達の前に置くと、喉の渇きを癒すように舌を使って上手く飲み干していく。


「ある程度食事も終わったようだな。では馬たちにお礼を言って、それぞれ教室に戻ってから家に帰るように」


 先生の指示のもと僕達は黒雲達にお礼を言う。


「今日も頑張ってくれてありがとうね。また来週もよろしくね」


 そう言って僕は二頭のことを撫でて別れを惜しみつつも、みんなと一緒に教室に戻る。

 この後は、アステリア先生が黒雲達の面倒を見てくれる。


 基本的には放牧地で自由な状態で飼っているのだが、雨や雪の日、寒い時期などは厩舎で馬たちは過ごす。 

 厩舎は日本のように馬が一匹ずつプライベートスペースを与えられる。

馬房(ばぼう)が連なる馬小屋のことだ。この国の馬に対する愛は深いと思う。


「よし、じゃあ帰ろうぜ」


「そうね、行きましょう。カイ、帰るわよ」


「うん、じゃあいつもの道で帰ろうか」


 二人と話すために、必然的にあの森を経由して帰ることになる。


 ……さてさて、どうしたものかな。




 ──※──※──※──




 人が辺りにいなくなったことを確認しながら、二人に話題を振った。


「さて、イレーネ。せっかく朝の誰もいない時にあのことは話さないようにって…」


「ごめんなさいッ! つい思いついたことを口にしてしまったわ…カイが私が言い切る前に、話しを遮ってくれて助かったわ。…ありがとうね、カイ」


「そこまで重く受け止めてくれなくて大丈夫だよ。次から注意してくれればね。…それはそうと、どうしてあんな顔を僕達に向けてきたんだろう。それが分からないね」


「あぁ、俺たち何もしてないよな…まぁ、してはいるか。でも、バレていたらもっと大騒ぎになってるはずだ。村のみんなも食いたい〜って」


「うん、僕もそう思う。そして、もし昨日のことを誰かが密告するなら、まず、村の役人に相談するはずだ。あの先生は面倒くさがって恐らく役人の方に報告しろって言いそうだし、村のみんながどちらを信頼してるかなんてわかりきっている。…もし、昨日のお肉のことなら、僕達が登校して来た時に村の役人が僕達に近づいてきて聞き取り調査をするはずだ。それが終わってから僕達の家の方に押し寄せるほうがいいからね。子供の僕達に圧をかけたほうが事実かどうか言質をとるのが容易だからね」


「カイってサラッと怖いこと言うわよね」


「そうだな…俺のほうが体術強いはずなのに、時々怖くなるもんな」


「うっ! そ、それが僕の取り柄というか、色々な可能性を考えた方がいいというか……。と、とにかく! 僕の言いたいことは、恐らく昨日のお肉のことは関係ないってことさ」


「そっかぁ〜何だか安心した。でも、そしたら何であんな目で見られなきゃいけないんだ?」


「そうだね、そこが僕にも分からない。……ハイク、イレーネ。二人にお願いがある。当分の間はあの先生のことを警戒して欲しい。成績を落とすようなことはしないこと。何か付け入る隙を見せないこと。なるべく三人で固まって行動すること。…いいね?」


「うん、わかったわ。街に行くことが決まっているのに、それを台無しにするようなことはしないわ」


「おぅ、約束する」


 二人にも警戒して貰いながら、あの先生のような人の妙な視線の理由を当分は考えた方が良さそうだ。

 あと一週間で小麦の刈り取りも始まるこの忙しい時期に、面倒なことには巻き込まれたくないなぁ。


 ……ただの杞憂だったらいいけど。




 森の中にいて気づかなかったが…この日の空は徐々に黒い雲が迫ってきていた。








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