とある誰かの視点 二人の反逆者 爺の視点
「…全ては整った」
屋敷の二階にある高欄付き廻縁から東西南北に跨がる大通りを見渡す。彼は誰時までに防衛は整えた。街の防衛には一片の隙も見えなかった。五重の陣構えを設け、押し寄せる敵勢を跳ね返すための防備を施した。
ここからでは見えない細かい路地に至るまで柵を設置し、容易に侵入を許さないのは相手とてわかっておろう。しかし…なぜだろう。こうも胸が躍るのは…。若のいきいきとした表情にあてられたのかもしれんな。確かに今までの騎士達と比べてみれば多少は腕の見どころはある。無駄に命を散らしたうつけ共とは違う。
…あの高台に陣を構えたというのはまず合格だ。こちらの陣容は筒抜けであろう。だが、次の一手はどうする? のこのこと柵に近づいては槍の餌食になり、もたもたと攻めるのに手間取れば、街の中にある無数の家々の屋上から弓兵による矢の雨が襲い掛かる。
たった二百の手勢で挑むは蛮勇である。だが、時として蛮勇は勇猛にもなり得ると私…いや、儂は知っている。
「じ、爺様〜ッ! た、大変でさぁッ!」
丘陵地方面に遣わしていた斥候の一人が戻った。つまり、敵陣に何か変化が現れたのだろう。
「…その様子では、敵陣はもぬけの殻であったのだな」
「おぉッ! その通りじゃッ! すげーなぁ〜、ようわかったのうッ!」
「やはりな。私でもそうする」
敵は火急にこの屋敷を制し反乱を抑えたという事実を得たい。ここに向かって来ている反乱に加担したい農民共の意思を砕くために。そのためには是が非でも我らの隙を突く必要がある。だが、この陣に隙はないぞ。
「丘陵地に向けての警戒はそのまま保て。それから各方面で何か変化が生じたらすぐに私に知らせよ。必要な策と遊軍を遣わす」
心を引き締め、あらゆる可能性を考慮に入れて結論を下した。空の陣かと思わせて、その実は兵を潜ませている可能性がある。
危険だと思った場所への警戒は解くべきではない。儂は少しも勝利を譲るつもりはないのでな。
戦術とは多種多様であり率いる将の人格が現れる。さぁ…どうするんじゃ敵将。お前はどのようにして勝つつもりなんじゃ。一方的な詰問を胸中で名も顔も知らぬ存ぜぬ相手に向け、様々な思考を巡らせながら相手の手を読もうとする。しかし、どれも無駄な行為であり全ては水泡に帰すのだと…この時の儂は知る由もなかった。相手は儂の考えた全てとは異なる一手をすでに放っていたのだ。
───その答えは、突然訪れた。
敵将はどうやら儂の事を気にかけてくれていたようだ。灰汁鼠の煙が昇り上がり、次第に紅の色が継ぎ足されていき、小豆…臙脂…とも取れる色みへと変化していく。
「狼煙か…いや、違うな。それならこんな大々的に立ち昇らせる必要はあるまい。それに…嫌な色だ」
……何だ、本当に嫌な気配がする。儂の勘があれは良くないものだと告げている。あれを吸ってはいけない、触れてはいけない…と。
「全員、屋敷の中に戻り全ての扉を閉じよッ!」
「へ、爺様? どうしちまっただ? アレはただの煙で…」
屋敷内に留まる僅かな農民達と共に、急いで外からの煙がここに辿り着く前に固く扉を閉じる。屋敷外に留めておいた遊軍に向けて叫んだが間に合わない。街を覆い被さんとする臙脂の煙が風に乗ってこちらに向かって来ていたのだ。外からは阿鼻叫喚の嵐が沸き起こる。
「…ギャアァァァァァアアアッ!!!」
「痛ぇッ!! 痛ぇよぉッ!!!」
「目が、目がぁ…」
「喋るなッ! 喉もやられちまうッ! うぅ…」
溽暑が続く日々にあって肌を晒すのは仕方なき事。窓から眺める全ての者の皮膚はみるみるうちに赤く膨れ上がり、目を擦らせながら狼狽する。
「………して…やられたな」
見事だ。この時期、農民兵という戦さに不慣れな者、そしてこの風を読む力…全てが見事に噛み合っておる。農民兵は近くの家々に避難し組織的行動力は損なわれた。儂ならこの混乱を極めた渦中にあって、一直線にここを目指す。
ドンッ!! …と鈍く重く軋む音が下層から聞こえてくる。敵はここまで辿り着いたようだ。物々しく騒々しい音が近づて来る。
「おい、アンタが敵将か?」
袈裟を被った僧兵の裹頭を身に付け、全身を白の布で覆った者達が現れた。先頭に立つ男は名のある武士に違いない。放つ気配はそんじょそこらの兵らと異なっておる。
「そうだ。私が軍を率いて戦っていた。敵ながらこの戦術…御見事なり」
高欄付き廻縁とは二階のベランダ的なものだと思って頂けたらと思います。昔でいう天守閣から外を眺めるための場所を指すようです。
土日はバタバタして登場人物の編集が出来ませんでした。設定等の小説の方は来週のどこかで投稿したいと考えております。
ちなみにこの煙は毒ではありません。民には少しだけ痛い思いはして貰いましたが、死者を出さずに制圧したいカイの想いの結果です。次は複数の視点をもしかしたら混ぜるかもしれません。




