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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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最終準備

 走り続けること早数時間。景色と空色も移ろいで変わりゆく中、描かれるキャンバスの配色はある地点を境に鮮やかな翡翠色から朽葉色の地面ばかりが大地を支配する。


「ここからはアルデンヌ侯爵の領地だ。…全員気を引き締めよッ! 周囲の監視を怠らずに駆け抜けよッ!!」


 覇気に満ちた老骨の叫びが場の空気を張り詰める。ある者は遠目に不毛な大地を一瞥(いちべつ)し、ある者は身体の動きが硬くなり、ある者はゴクリと喉から唾を飲み込んだ。

 

「こんなに伯爵様の領地との景色に違いがあるなんて…」


「治める領主の手腕の違いだろうな。大地も正直だ。"この地は飢えている"って言っているように俺には聞こえる。貧しい土地でありながら民から過分に税を搾取するってのは…どうも俺には納得出来ねーな」


 ヨゼフも眉間に皺を寄せて睨みつけながら大地を眺める。一際誰よりも真っ直ぐな性分の勇士には受け入れ難い光景なのであった。


「えぇ、民達が納得出来ないのも当然です。この不毛な大地でより多くの税を求めるアルデンヌ侯爵の意図を掴めません。これらを見て何も感じないのか…」


 シャルルはアルデンヌ侯爵の心が理解出来ないと嘆き、民達の窮状に危惧を抱いた。そのくらいに土地は痩せており、肥沃と呼べるような地は視野に一向に入って来ない。

 

「河川の氾濫が起きたのは帝国との国境沿いにある地だと聞いております。ここはそこからは遠く離れ、河川の被害とは無縁の地です。帝国領に近づくにつれ、もっと悲惨な光景があるのをゆめゆめお忘れなきように、王よ」


 このくらい序の口であると伯爵は諭す。つまりはこの地における課題は民達を上手く鎮めたとしても残り続けるのだと意味を含めて。

 嘆息をする暇もなければ、呼吸を荒げる余裕もない。騎乗する身にあれど常に考え続ける事が目の前に降り注いでくるのだから。


「……は、伯爵様ッ! …伯爵様ァッ!!」


 数奇の騎馬が前方より押し寄せる。聞き覚えのある凛々しき声と、近づくにつれ見覚えのあるか細い容姿が視界に収まる。斥候に遣わされたツェレク達であった。


「ツェレク、無事であったか。して…どうであった?」


「ハッ! やはりリヨンの街は占拠されたのは事実のようです。反乱者達は街の中に柵を設けて防備を固めておりました。城壁や門がない街ですので幾重にも柵を築き、街中での戦闘に至る覚悟を決めているのが伺えました。私の目に映るだけでも…数千の民達があの街にいました」


 その知らせに領民兵達は悲嘆する。"数千の相手にどうしろって…"、"勝てる訳がない"などの負の感情を口々にする。瞬く間に高まっていた士気は下落傾向に歯止めが効かなくなる。不味いな…。


「慌てんなお前ら。こっちには策がある。相手がどんなに何重に設けた柵も一網打尽にする策がな。だから今は前進あるのみだ。…そうだろ、王様?」


 機転を効かせたヨゼフの台詞で場の雰囲気に抑止力が加わった。続きを促すバトンをしっかりとシャルルは引き受けた。


「えぇ、その通りです。我々に必要なのは前に進む勇気と仲間を信じる心です。それさえ忘れなければ、この戦いはすぐにでも決着がつくッ! 今はただひたすら前へ進むのみッ!!」


「ツェレク、先頭を駆けて我らが行くべき道を示すのだッ! 皆を先導せよッ!!」


「ハハッ!!」


 ツェレクは来た道へと再び身を(ひるがえ)し、何とか保てた士気を無理にでも崩さぬよう領民兵達に喋る暇も与えないうちに、乳酸の溜まりきった足に続いて走れと叱咤の号令をシャルルと伯爵は命じた。

 悪い判断ではない。ここで立ち止まっては時間との勝負に負けてしまう。反乱に加わる者達をこれ以上増やしていけないのだ。

 不毛な大地を蹴り上げる度に領民兵達は苦しみ、人馬から流れる滝のような汗が大地に注ぐ。乾いた大地を癒すのは豊潤な水ではなく、渇いた人々の生み出す苦渋の流汗であった。いつかこの土地にも辛うじての緑の絨毯が敷き詰められる日が来るのを心の奥底で祈らんばかりの行軍を敢行した。




「…み、見えましたッ! あれがリヨンの街です」


 さらに走ること一時間あまり。遂に目的地である街の姿が、輪郭の定まらない薄っすらとぼやけた蜃気楼のように霞んで見える。


「行軍速度を落とせッ! …王よ、我々はどこに仮の拠点を築くおつもりで」


「そこはもちろん専門家にお任せだよ、頼んだよカイ」


「えぇッ! 僕は専門家じゃないよッ! こういう時こそヨゼフでしょッ!!」


 無茶振りにも程がある。出来る事と出来ない事があるってもんだよ。そんなぼやきを小さく心の中で吐いているとファンさんが呟いた。

 

「あ、あ、あそこなら多少は街を見下ろせる丘陵地帯になっている。ふ、布陣するなら絶対にあの場所だ。短期の戦いであるのは明白。す、水源も気にせず補給部隊が頼りに出来る状況。なら、あ、あそこに行くべき」


 おぉっ! なんだかついつい“街亭”という地名が脳裏に彷彿とさせる助言であったが、ファンさんは的確に行くべき場所を指し示してくれた。


「俺もあそこでいいと思う。…尤も、水がなければ俺が敵陣から盗んできてやるから気にすんな。…で、肝心の専門家さんはどう見るんだ」


 自身の逸話を盛り込んでヨゼフも保証する。それもわざわざ振らなくてもいいであろう僕に振った上でだ。…はぁ、少しは役になりきれって事か。


「僕も同感だよ。まずは間違いなく作戦が成功するための地形の確保を目指すべきだ。そのためにも周りの地形、街の形状を把握する事に専念すべきだと思う。幸いにも少しだけの緑も生い茂っているようだし。つまり、枯れ枝とかの採集や野営陣地構築のための木材も確保出来る。夜襲があっても高地の利があるからね。多少は枕を高くして寝られるんじゃないかな」


「へっ、冗談の一つも言えりゃあ上出来だな。うちの軍師様もこう言ってるぜ、どうする?」


「そうしましょう。反乱者達に攻め寄せられる隙があるとすれば疲れている今がそうです。その前に最低限の守りを固めてしまいましょう」


 意見が出揃いシャルルの同意を得、小高い丘の上に向けて歩を進める。途中、部隊を二つに分け、木材を優先して確保する隊と拠点防衛のための隊にだ。

 結局、こちらの陣地構築の最中に攻められる事はなく、万事つつがなく拠点を抑える事に成功し、後続として向かって来ていたズゥオさん達の補給部隊との合流も果たす事が出来た。

 その後、ファンさんにはヨゼフという強力な護衛と共に別行動をして地形の把握に専念している。今回の作戦は地形を読み解き、最も効率の良い場所を的確に割り出すのが重要になってくる。

 本番が来るまでに交代で休息を取りながら身体を休めつつ、ギリギリまで枯れた枝の採集などに努める。幸いな事に街の近くに小麦の収穫を終えた畑があり、反乱に参加したであろう農民達には悪いが、袈裟懸けされた麦束は乾いており拝借させて頂いた。後で代わりの物をシャルルは与えると約束してくれたので、遠慮なく使わせて貰う。


 後はもう…本番を迎えるまでだ。やれる事は全てやった。戦いの火蓋に繋がる導火線に火が灯り、戦いが始まるであろう時刻へのカウントダウンは片手で数えられる刻限にまで迫っていた。



 片手で数えられる数は二進法を使えば三十一まで数えられるようですが、ここで言う数は五時間を切ったという意味で捉えて頂ければと思います。袈裟懸けについては以前書いたものですね。

 同じ無茶振りでも反乱者の爺のようなこなせる自信をカイはまだ持っていません。対比させたいと思った表現です。

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