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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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とある誰かの視点 二人の反逆者 二

「で、伝令ッ! この街に敵が向かって来てっぞッ!!」


 開け放たれた扉からの第一声は待ち望んだ内容であった。放っていた馬の扱いに慣れた斥候が帰って来たのだ。


「…数は?」


「そ、それがどうやら…たった二百人程度の小勢でして。それに加えて今まで撃退してきた奴らなんかに比べて装備も貧弱。あの格好は…俺らと同じ農民じゃねーかなと思いますよ、旦那」


 乗っ取った領主の屋敷の室内は“良かった”、“何だ、大した事ないじゃないか”などの安堵の声で一気に溢れかえり、今の内容の不自然さを指摘する事はなかった。…一人を除いては。


「なぜその者達が敵であると判断したのだ? 我々の反乱の狼煙に呼応する仲間かもしれんのだぞ」


 爺の指摘通りだ。このリヨンの街を奪って以来、この地を治めていた侯爵に反旗を(ひるがえ)す民草達が続々とここに向かって来ている。今ではおおよそ三千にのぼるまでに至った。これからも増え続ける一方だろう。その農民達も我らの同志かも知れんのだ。


「へぇ…実は、その農民達の先頭に立って率いていたのが、隣の領地を治めるジャン・ド・パラド伯爵なんでさ。この街に来た時に遠巻きに御顔を拝見したから間違いねぇ。すっげー速さでこっちに迫って来てんだ。あ、あと、気になる事が少しあって…その、伯爵様の隣りに小さな子供が二人いたんだ」


「あの伯爵様がか…」


「うぅ…伯爵様はやりたくねぇけろ」


「こ、子供は殺したくねぇ」


 隣の領地の伯爵の善政は知っている。この国を巡った中でもかなり珍しい良き為政者だ。あの領地の民草はよく笑い、皆々が満足そうに農耕に励んでいたのが印象だった。この領地を治めていたアルデンヌの大たわけ者との差は、この地の民草達とて耳にしている。多くの者は今でも慕っているようだ。そんな漢がこの街に農民を引き連れて急行している。これはつまり…。


「…若。どうやらジャン・ド・パラドとやらは、同じ農民兵を率いる事でこちらの士気を()ごうとしているようで」


「わかっておる。ちっとは頭の回る人物なのかものぅ。こちらの規模が大きくなる前に寡兵で叩く気概と、農民同士で戦いたくないという心理をよう突いておるわい。今までは騎士共ばかりと対峙しておったからの」


 耳元で爺が俺の考えていた事をそのまま直言してくる。これまで相手にしてきたのは馬鹿な騎士共ばかりだった。今まで散々アルデンヌのお膝元で威張り散らしてきた騎士共を殺すのに、民草達は一切の遠慮はなかった。(むし)ろ嬉々として矢の雨を降らせおった。

 …ここは一つ、こやつらに指針を示してやらんとな。


「待て、これは好機ぞ」


「こ、好機だって。旦那…アンタは伯爵様がどんな御人かを知らんから……」


「少しは知っておる。貴族共の肥溜めばかりが這いつくばるこの国の中で、ちっとはマシないい貴族だってのはな」


「じゃ、じゃあ戦う必要は…」


 迷いが全員に広がる前に断言してやらねば。我らの掲げた最初の目的を。こやつらの目を覚させてやるんじゃ。


「戦わねばならんッ! 我らが本気であると国を支配する大たわけ共に示さねばならんのじゃッ!! …よいか、別に俺は伯爵を殺せとは言っとらん。伯爵の御身を捕らえろ。伯爵の手勢を打ち破り我らが本気である意志を示すと同時に伯爵を取引の材料にする。伯爵の身と引き換えにお主らを虐げ続けたアルデンヌを差し出せとな」


「おぉッ!! それはいいッ!」


「…あぁッ! オラも賛成だッ!」


 集う民草達は喜び、苦しみの元凶たる太って肥えた豚を捕らえんと熱気に包まれる。夏にちと暑苦しい限りだがこれでいい…。ひとまずは目先の利益を民草にぶら下げておく。その後に国を乗っ取るつもりなのは今は黙っとけばいい。時が来たら別の大義を掲げる。これも民草のためなのだから。


「しかし、少し気になりますな。なぜそのような寡兵でこの街に来るのか? まさか話し合いを望んでいる…あり得なくはないですが、それは流石に……」


 周囲の騒ぎ立てる熱を帯びた声に紛れ、静かなながらに相手の意図を冷静に分析する爺と民草達は同じ空間にありながら対比的な存在だった。これが指揮官と兵の大きな差異であり将才の有無の欠如でもあるのだ。


「悪手だな。こちらに悪戯に時を稼がせる話し合いなど、こちらの兵を集めるための時を与えるというものよ。あるとすりゃあ…こちらの油断を買うだけの兵数で攻め寄せ、野戦で決着をつけようとなどという算段かのう」


「市街に出ての決戦ですか…ですが、こちらがそのように動かせるだけの手段を敵は持ち合わせておるとは到底思えませんな」


「で、あろうな…。つまりは別の狙いがある。それに妙に気になる存在がある」


「…(わっぱ)ですか」


「あぁ、戦さに無関係な童を連れてくるなど考えられぬ。それも寡兵の軍にあってじゃ。怪しい…怪しいのぅ。きな臭い香りが随分と芳ばしく漂っておるわ。俺の予想じゃが、そいつら何がしかの役目があるのであろう。……俺が見極めてやるわい。爺、戦さが始まったら本陣を任せるぞ」


「…ッ!! で、出られるのでッ!?」


 少なからずの衝撃が爺と呼ばれる男を震わせた。今までこの優男が出るまでもなく、騎士団を退けてきたのはこの爺によるところだったからだ。

 優男を動かすまでの存在がついぞ現れたと…爺の魂を揺さぶった。


「なぁに…本来は出るまでもないが念のためじゃ。何かあるまでは万事が全てを爺の手腕に任す。それまでは儂は何もせん。爺もこの屋敷の本陣から四方八方に気を配るだけでよい」


 これは常識の範疇を超えた無茶振りであった。三千の農民兵を指揮する者は爺以外にいないのだ。指揮官級たる部下など他にはいない。つまり、たった一人で街全体の戦況を適宜把握しながら指揮を振るえと命じたも同然である。

 しかし、この爺にはそれが可能だったのだ。かつての世界において日の本で彼に並ぶ指揮官は指で数える程にしかおらず、彼ほどの用兵家はいないのだから。遠く離れた地で爺と呼ばれた男の活躍を聞いた時の戦慄を覚えているからこそ、優男は本陣を離れる決意を下した。


「かしこまりまして候。敵はたった二百なれど、この私の身命を賭して任を全うする所存でございますれば」


「…うむ、では任したぞ」


 優男は数人の供回りのみを連れて夜闇に消えていった。爺も彼がどこに向かうかを知らない。来るべき時は刻一刻と近づきつつある夜半(よわ)の夏であった。



 登場人物や設定等をまとめるためにサブで小説を新たに開きました。今週末にでも今までに出てきた登場人物はまとめていきたいと思います。

 もしよろしければ来週にでも覗いて頂けるなら幸いです。


 次はカイ視点に戻ります。

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