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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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ヨゼフの評価

 朝焼けは街道の地面を照らし、生物や植物、この世に生きるあらゆる者や物の垣根を越えて一日の始まりを告げ始める。地面を踏み締める馬と人の足音とて同じだ。一心同体とはよく言ったもので、地を蹴る全ての音波はアルデンヌ侯爵領に向けて波長を発していた。

 暫く走り続けると田園風景から緑豊かな平野へと景色を変化させ、一つ川を挟んだ橋を越える頃には蒼空が頭上に広がり続けていた。


「よし、ここで一度小休止を取る。各人、水分補給をしっかり行なうように。この先には川はない。持参した皮袋にたっぷりと水を含ませておけ」


「はぁ〜〜、疲れた。結構しんどいなこれは……」


「うぅ…もうダメ、吐きそう」


「…吐くなら川に向けて吐くなよな。そんなもん飲んだら俺まで吐いちまう」


 領民兵達は口々では疲れたと言いはするものの、心底疲れ切った印象はない。むしろまだ余裕はありそうだった。戦いに慣れていないとはいえ普段は農業に励んでいる人達だ。体力はかなりある。ここまでですでに十数kmは走り続けた。これは凄い速さであると言える。

 日本の戦国時代の一日の行軍速度はおおよそ十五kmくらいだと伝わっている。たった数時間で今回の行軍は近しい距離を踏破している。

 急な呼びかけで装備自体も軽装な事もあり、また食糧事態も簡単な携帯食を三日分とかなり少ない量で、しかも手勢は三百人程度だ。隊列の伸びる万の軍勢の行軍と比べる基準がそもそも違うだろうと批判もあるだろうけど、それでもこの行軍は凄いなと実感している。


「まぁ…これもファンさんとズゥオさんの献策、それを受け入れるシャルルの器量、瞬時に必要な日数を割り出した伯爵様、繊細な技術を素早く体現出来るキャロウェイお爺さん、何より…全ての物資を的確な量を無駄なく調達したクワンの腕によるところかな」


「……おい、俺の名前が入ってないぞ。俺の名前が」


「…わっ! いたのヨゼフっ!」


 独り言に突っ込みを入れられ驚いてしまった。拗ねたような静かな言い振りが哀愁を漂わせていた。


「ひでーじゃねぇか。俺の存在を忘れちまったのか?」


「ち、違うよ。だってヨゼフはまだこれといった活躍が…」


「しょうがねーだろ。見せ場はファンとズゥオの野郎に譲ってやったんだ。もちろん…わかっているよな?」


「最初から僕はヨゼフを指名するつもりだったよ。でも、今回は槍を振るうまでもなく終わると思うよ? それでも先陣がいいの?」


「馬鹿野郎。いついかなる時でも先陣をきるのが勇士長たる者の在り方だ。じゃなきゃ万の軍勢は付き従わねーよ。きっとズゥオも同じようにやってきただろうな」


 遠くを指差し領民兵達と談笑するズゥオさん。まさか相手が亡国の伝説の将軍なんて思ってもいないんだろうな。そのくらいズゥオさんは同じ立場で兵達に気兼ねなく接している。


「ズゥオさんはヨゼフから見てもやっぱり凄いの? 同じ戦場に立つ者として…」


「まぁ、すげーわな。アイツのああいう在り方は俺は好きだな。ああして兵士達と分け隔てなく出来る奴は、大抵が先陣を切り込んじまう大馬鹿だと相場が決まっている。…それに、お前も見てたろ? 賊と俺らが対峙してた時、奴はあんな高所から必要があれば賊を射殺す自信があってあそこにいたんだ。常人の弓使いじゃない。あの弓…あの弓を引くにはかなりの“強さ”がいる。奴が本気で撃ち込んだのを見ちゃいねーが、相当な破壊力を持ってるだろうな」


 弓を引く力を話す時、弓が強いとか弓が弱いという表現を使う。ヨゼフはズゥオさんの弓力がかなりの腕前だと踏んでいる。実際、ズゥオさんの持つ弓は普通の弓に比べて凄い長弓であり、弓自体の重さはもちろんの事、弓が長ければ長いほど弓の弦を引き絞るだけでとんでもない力が必要となる。ズゥオさんはあれだけの弓を軽々と扱えてしまう弓術の達人。武勇の面でもヨゼフは評価しているようだ。


「…じゃあ、ファンさんは? 真っ先に反乱者の考えに気付いたようだったけど」


 河原でボーッとうねる川面を眺めながら思案に耽るファンさん。何を考えているかはわからないけど、ずっと深い所まで潜り込んで熟考をしているようだ。


「さぁな、アイツはよくわからん。まさか道で倒れてる奴が開墾やらで地形にも詳しいのにはビックリしたけどよ、俺が驚いたのはもっと別だ。…俺の予想だが、あの地形を読み解く能力を奴は()()使っていた。だからアイツは…あんな発想がすぐに浮かぶんだ。お前なら俺の言いたい事がわかるだろ?」


「…うん、とっても……とってもよくわかるよ」


 そうだ。だからこそのああいう発想。つまりはファンさんは…。


「まぁでもよ、この中で誰が一番化け物じみているかって話しをお前が知りたいって言うなら、俺の中ではもうとっくにそいつは決まっている」


 勿体ぶった一呼吸の間を効かせ、今も細々とハイクとイレーネに指示を与えながら動き回る人物へと視点を合わせた。


「クワンだ。アイツは間違いなく化け物だな。普段から自分が慣れた場所ではないにも関わらず、三百人分の兵糧と物資を、戦闘準備に不慣れな者達に的確に指示を与えて揃える手腕は尋常じゃねぇ。俺はどんなに早くても一日はかかると思ってた。物資の準備の計算やらどれがどんだけ必要かなんてのは、たとえ慣れた(もん)でもあそこまで途切れる事なく頭を回し続けらんねーよ。それも正確にな。…俺が保証する」


 戦さの達人であるヨゼフのお墨付きとは…。これはまた偉く評価されたものだ。けど、その保証は間違っていない。急速な移動を必要とする強行軍にもっとも大事なのは時間との勝負だ。僕からの沢山の要望があったにも関わらず難なく揃えられたのはみんなの力も当然あったけど、指揮者であるクワンがいたからだ。この人の指示に従っていれば大丈夫だという自信を皆に与えるだけの才と弁、何よりも本人が自信を持って導いてくれるのだ、自然と周りの人の信頼も厚くさせてしまう。


「おい、そこのサボり人達っ! 君達は馬で移動しているんだっ! 幾ら眠かろうとも働いてくれたまえっ!!」


「はぁ、見つかっちまったな。しょうがねー、手伝ってやるか」


「うん、しょうがないね」


 致し方ないと言いながらも口角は上がり、頼りにされたことに対する嬉しさが行動へと促す。何となくだけど、領民兵達の気持ちがわかった気になれた。疲れたとか言いながらもここまで走ってくるのは、尊敬する伯爵に頼りにされた嬉しさが彼らを動かしたんだろうな。あとはやっぱり…シャルルが包み隠さずにみんなに向けてお願いした事だろうな。素直な心と普段の誠実な行いは人を動かす風景は、いつの時代でも愛される人の在り方であると知ったのだった。



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