アレグロ
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「次は乾物の種類を確認しにいく。早く行くぞ」
「う、うんっ!!」
流れるような動きで必要な物を家人達に的確に指示をしては次に移動し、冷静沈着に必要な量を計算してはまた指示を出して次に行く。単調な作業の繰り返しだった。それだけに眠い信号を放つ脳内にはキツく感じる。
…っていうか何でそんなにすぐに必要な食事の量やらがわかるの? 慣れたようにテキパキと動くのに不自然さは一切ない。大言壮語を吐く以上の実力をこうも見せつけられるとは。
やっぱりクワンはあの人なんじゃ……。
「カイ君、次だ次。一番の目的の物が奥にあるようだぞ」
「…ッ! 本当ッ!? よし、次だよ次ッ! さっさと行くよクワンッ!!」
「…ったく、現金な子だね。……全く、振り回されるこっちの身にもなって欲しいものだが」
呆れとボヤきがクワンの口を事のほか滑らかにさせていた。目の前に夢中な僕の陰で…そう呟いていた彼は哀愁を漂わせていたのを知る由もなかった。
奥に歩みを進めていくと、今回の策で使用しようとしている物がドンッと視界一杯に入り込んだっ! おぉっ! やっぱりあるよねっ! うんうん、やっぱりあの感覚は間違いじゃなかった。馬鹿みたいな考えだけど思い付いた時の衝撃は正しかったようだ。
「おぉ、これはかなりの量だな。集める兵達の背に背負って貰おう。幸いにも大きな麻袋はこの倉庫にも余っているしな。兵達の家にも幾分かは余っているだろうし。キャロウェイに頼んで急ぎ背負えるように縫って貰うか」
キャロウェイお爺さんとイレーネは食糧庫にいた家人に相談して、屋敷内に残った器用な家人達と共に布を加工している。どのくらい進んだかは気にはなっている。
「次は武器の数を調べるぞ。ここにはないだろうからどこにあるか尋ねよう。それから樽と皮袋の数も調べる。兵士達も自身で持ってくるとはいえ、走り続けるには飲み水は欠かせん。十分な準備こそが今回の策の成功に繋がるんだ。時間がない中で最善を尽くすよ、カイ君」
…………まだまだ時間はかかりそうである。頑張ろう。
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ふぅ〜〜〜疲れたぁ〜〜〜。
ひたすらに数を計算しては、ひたすらにクワンの用意した竹簡に書いていくの繰り返し。リヨンの街に行く前に心が折れそうになったよ…。
「ふむ、カイ君はやはり使い勝手がいいな。ズゥオとは違った意味で。君は前の世界では文官でもやっていたのか?」
「…まぁ、文官? 文官っぽい事はしてたかな。手を動かす方が好きだったけどね。……はぁ、クワンは疲れていないんだね。ほとほと実力の差を感じるよ」
「いや、これでも十分に疲れたよ。そんな弱気な所を身近な者にも見せてはいないだけだ。そんな隙を基本的には他人に見せてはダメだ。…逆に見せなければいけない時もあるがね」
「見せなければいけない時?」
「あぁ、人の油断を買いたい時だ。“こいつでも失敗するのか”、“こいつだってダメな時があるもんなんだな”って思わせる。人の猜疑心やら疑念というのは底がないのだよ。覚えておきたまえ」
「……わかった」
頷くしかなかった。今の言葉には間違いなく実感が含まれていたから。少しだけ…クワンの言う“平和の先の光景“というのがわかったような気がした。
それに…ちょっと嬉しくなった。クワンは僕の事を初めて逢った時に比べて認めてくれてはいるんだなって。クワンの性格上だけど、親しくない人の事は他人っていう一歩引いた言い方を平気で使う。
でも、クワンから自然と流れ出た言葉は身近な者だった。普通の言葉のようでも、彼が放つには余りにも重い心の扉を開いてくれたに等しかった。
…この距離間がもっと近くなれればいいな。彼の心を紐解ける日も近いといいなと密かに願って。
「さて、私達も一旦屋敷に戻ろう。キャロウェイ達がどの程度進んだかの進捗を確認しなければならないからな。必要があれば君もキャロウェイを手伝ってくれ、手を動かすのが好きなのであろう?」
「くっ…どこまでも人を利用するね、クワン。とっても腹黒いよ」
「フフフ…褒め言葉と受け取っておこう。これくらいで腹黒ければ、私の周りは性格が捻じ曲がった真っ黒な人間だらけだったよ」
軽口を挟んで食糧庫を後にして屋敷の方へと戻っていく。屋敷が近づくに連れて、布地を刻む軽やかな音色が夏の宵に乗って聞こえてくる。
屋敷から奏で出る艶やか刃物の協奏曲は、奏でられた小節の数だけ譜面に書き起こされる音符には魂が籠り、物語を奏でる速度は快速へと至るのである。
音楽を聴きながら物語を書くと、とても心地良く時間を忘れさせてくれて本当に助かっています。
アレグロは音楽用語で快速とか活発にという意味があるようです。場面に合いそうな用語を選ばせて頂きました。




