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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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「ちょっとッ! どこ行くのよカイッ!! 今は身体を休んでおく時じゃ…」


 後ろからそんな声が聞こえてくるが、何かを言い返すだけの余裕はなかった。急いで伯爵の元へ向かうんだ。必要なものがあるかを確認するために。

 廊下ですれ違った家人達は驚きながら廊下の隅に直立し、僕とシャルルを戸惑いの目で凝視する。大層奇異なものとして映ったであろう。この国の王様が手を引かれてどこかに向かって走っている。


「すみませんっ! 食糧庫ってどこですかっ!?」


「え…それならこの屋敷を出た右手を突き進んだ大きな建物がそうですが……」


「ありがとうございますっ!」


 目的地がどこにあるかも知らずに走っている僕達の姿が、さらなる混乱を家人達に与えたのは明白だった。ただただ呆然と僕達の背を眺めているのが証明だ。

 言われた通りに玄関ホールへと向かい、あまり(いた)めない程度に扉を急いで開けながら屋敷の外に出、ぐるっと右手を見渡すと確かに大きな建物が目に入る。

 あれが食糧庫か。わかった途端に急ぎ足は駆け足になり、夜風に漂う小麦とオリーブの潤沢な香りが入り乱れ、微かにスパイスの香りが心地良く鼻をくすぐった。


「…伯爵様ッ! 伯爵様ッ!!」


「その声はカイか? …ッ!! 何をしておるッ! 王を引きずりながら現れよってッ!!」


 こちらに気付いた途端に怒鳴り声を上げた。言われて振り向いてみると、シャルルはぜぇぜぇと息を切らして膝に手をつき、息も絶え絶えの有り様だった。


「ご、ごめんシャルルッ! だ、大丈夫ッ!?」


「……その、き、気遣いは走る前に欲しかったよ。はぁ…はぁ……」


「もうッ! カイったら突然走り出してどうしたのよッ!? 一体何があったのッ!?」


「老人を酷使しおって。いきなり走り出す奴があるか……ハァ…ハァ…」


 後ろから追いかけて来ていたイレーネとキャロウェイお爺さんも辿り着き、事態の異変に気付いたあの人も近寄ってきた。


「何があったのだカイ君? そんなに慌てて」


 いつものお調子振りなどかなぐり捨てて、真面目に与えられた仕事をこなすクワンの姿があった。意外にも似合ってるなぁなどと悠長な考えが浮かんだものの、そんな冗談を言っている猶予などなかった。


「クワンッ! 急いで準備して欲しいものがあるんだッ! 僕も手伝うからッ!!」


「おおっと…いきなり呼び捨てとは嬉しくもあるが驚きの方が勝るな。まずは落ち着け。そして説明してくれ」


 …ハッ! そうだった。想いが昂ぶったままに部屋を飛び出して来たんだった。

 周囲は事態の急変についていけずに、屋敷の家人達のように非常に困り果てていた。


「ご、ごめんなさい。つい気持ちが舞い上がっちゃって…。じ、実は反乱を鎮めるのに有効な策を思い浮かんだんだ。そのために幾つか必要な物があって───」


 その場に集ったみんなに向けて説明をする。無論、当てずっぽうに浮かんだものではない。歴史を振り返って思い浮かんだものであり、きっかけとなるものにも当てがある。何せここは……。





「「「「………………はぁ?…」」」」




 

 本日幾度目かの疑問符が一斉にみんなの口から飛び出た。だけど、これには自信がある。だからこそ声を大にして言うのだ。


「これなら傷付けずに全てが丸く収まるはず。…ま、まぁ多少は痛い目をみて貰うかもだけど」


「……またとんでもない策を思い付いたものだね。ふふふ…とってもカイらしいよ」


「本当に馬鹿げているわねっ! …でも、ちょっと面白そうかも」


「ふーむ、確かにこれはまたしても不可思議な案じゃのう。だが、確かにこれなら武器を翳さずに済むかもしれんのう」


 シャルルには先ほどまでの暗い顔はなく、心の底から変なのって笑ってくれる程に晴れやかな表情になっていた。イレーネもキャロウェイお爺さんも呆れながらに笑ってくれている。


「カイ君は実に妙なものばかり思い付くね。私もこんなの見た事がないから楽しみではある。反乱を起こした者達にお灸を据える意味でも丁度いいくらいだ。」


「しかし…そんな使い方があるとはな。これなら戦い慣れをしていない我々でも何とか出来るかもしれんな」


「走り切る体力と最低限の見せかけの武器、それから人数分の布は必要ですけどね。地形等を読み解く力があればこそですが、こちらにはファンさんがいます。あとは天が味方してくれるかですが…」


「問題ないよ。この時期は少しの湿気を含んだ(ル・ボン)が吹く。カイも味わったはずだよ? 瘴気の森を抜けた時にも吹いていたからね」


 全員の同意を得て、シャルルから天候も問題なさそうだという後押しを貰った。…よし、これなら上手くいきそうだ。あとは本当に時間との勝負だ。


「リヨンの街に反乱に呼応しようとしている民達が集う前に手を打つべきだな。ズゥオも言っていたようにね。こうなったら街にある物を全てかき集めるくらいの量は必要だろうな。伯爵、領民達は納得して差し出してくれるかい?」


「何とかしましょう。後日、代わりとなる物を領民達に配りましょう。…王が保証して下さるでしょうからな」


「ぐっ…わ、わかったよ。背に腹はかえられないしね」


「では、我々は今からでも民達に協力を要請しに向かいましょう。王からの願いともなればやむなく民も従ってくれましょう。後日の保証はしっかりと民達の前で表明頂いて」


 伯爵はシャルルと幾人かを連れて食糧庫を出た。クワンの言う通り出来るだけかなりの量が必要だ。物自体は軽いから行軍の速度にはそこまで影響を与えないだろう。一人一人の背に担いで貰えば十分な量は確保出来るはず。


「ついでだ。我々に仕事を増やした以上、君にも手伝って貰うぞカイ君。覚悟は出来ているね」


「もちろん。覚悟したからこそのお願いだし」


「はぁー、しょうがないわね。私も手伝ってあげるわ」


「儂もな。イレーネは手工芸が得意じゃったの。儂と一緒に作ろうではないか」


 端麗な鼻梁(びりょう)を鼻高々に誇らせ、柔らかな唇の端をキュッと上げて愛想良くイレーネは笑ってみせた。

 緻密な作業が似つかないゴツゴツとした手を自慢気に(ふる)い、必要のない腕力を嬉しそうにキャロウェイお爺さんは魅せつける。


「ありがとう、みんなっ!」


 こうして僕達はそれぞれ役割分担をして、自身の最善を尽くして準備を進めた。夜は時間の経過と共に、星の大海が銀色の光を夜空に配し、宇宙の深海から大地を眺める頃だった。




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