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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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反乱と武力

「神速…か。うん、そうだね。ここは急ぎ行動をするべきだ。…伯爵ッ! 急ぎ領内の集められる兵を動かし、共にリヨンの屋敷の反乱者達を鎮めよッ!!」


「…ハッ!! 仰せのままにッ!!」


 仰々しくも(かしこ)まった態度で伯爵はシャルルの勅命に応じた。もはや…引き返せない。反乱者達の苦しみに理解はしつつも避けられない戦いへの火蓋を切ってしまった。

 ……僕は必死に考えていた。協力を仰ぐためとはいえシャマやツェレクをけしかけたが、出来れば反乱を起こした民達を無傷のままに救えないだろうか…と。どうすれば彼らを傷付けずにこの戦いを終えられるかを。もちろん…反乱を起こした者達にも非があるが、やはり彼らの方が被害者なのだ。権力者に従属する日々を送り、血肉を賭して造りあげたものを搾り尽くされてきたのだ。

 殺しを正当化する狂戦士のような、壮絶な戦いの果てに享受する死の結末を彼らは望んでいるのだろうか。いや…そんなもの誰一人望んでいるものか。何か…何か有効な手立ては……。


「シャマ、ツェレクッ!! 急ぎ街の成人した男達を我が屋敷に集めるようにッ!! 家人達は我が家の食糧庫を解き放ち、少なくとも一人当たり三日分の食糧を持たせられるだけの量を準備するように手配せよッ!! 戦さに必要な物資も調達するのだッ!!」


「「ハッ! かしこまりましたッ!!」」


 夜の宴の時は慌ただしく終焉を迎え、屋敷内では人の足音が幾十にも闊歩する程に(せわ)しなく聞こえ始める。

 

「さて、王達は少しでもいいから休まれて下され。空いている客間にご案内致します」


「いや、ここは私の出番だよ伯爵。私を食糧庫に連れて行ってくれ。人手は一人でも必要だろう? その代わり他の皆は休ませてくれ」


「それは助かりますがクワンも疲れているだろう。休まなくていいのですかな?」


「私の仕事は戦場に着く事ではない。戦場に物資を送り届けるまでが本分である。それまではたとえ睡魔が襲い掛かろうとも動き続ける。あとは他の皆が頑張ってくれるさ」


「殊勝な心掛けですな。では、私も倣ってお供しよう。ドヴァーネマイン公国を支え続けた手腕を拝見させて頂こうかと」


「フフ…私は伯爵が相手だろうと遠慮なくやらせて頂くよ」


「それで良い。では、王達は家人の案内する部屋に向かわれて下され。後ほど迎えの者を遣わしましょう」


 クワンが協力を申し出、伯爵も一緒に物資の調達に(おもむ)く。残された僕達は家人の案内で別室に連れて行かれる。廊下に出るとドタバタとした音が反響して鳴り続け、この(おごそ)かな屋敷に似つかわしくない喧騒さであった。

 案内された部屋には長い年月を過ごしたキングサイズベッドが、ここの部屋の主人であると主張しているようにドンッと真ん中に置かれており、本来なら客人に安寧と安眠を与えてくれるのは彼の役目なのだろう。…けど、今日ばかりは彼もその役目を十分に果たせそうにはなさそうだ。


「申し訳ございませんが、この屋敷には御客様に滞在して頂くための客室が十分にはございません。王様にはご迷惑をお掛け致しますが、幾人かとご一緒に過ごして頂きたく存じます」


「少しの間休むだけだから大丈夫さ。ありがとう」


 家人は困惑したようで少々たじろいでいた。王様がこんな小さな子供で、しかも一家人に過ぎない自身に気兼ねなく接しているのだ。威厳などあってないようなものだ。

 この部屋にはシャルル、イレーネ、キャロウェイお爺さん、そして僕が残り、他のみんなは隣の部屋に連れて行かれた。


「…ねぇ、カイ。これで良かったの?」


 唐突に話しを切り出したのはイレーネだった。少女は憂いていた。何もなす術がない、このどうしようもない現状に。苦しみながら生きてきた民が死ぬ可能性があるこの状況を悔やんでいた。…自分とは無関係な人達であると知りながら。切迫した状況に身体は戦慄を覚えた。


「…僕だって、僕だって何とかしたい。ねぇ、シャルル。どうにかして穏便な手段で反乱を鎮める事は……」




「無理だよ、カイ。犠牲無くしての鎮圧は不可能だ。これは…過去の世界でボクが学んだ教訓だ。君も知っているだろう…」




「…あっ」




 ……そうだった。シャルルの治世は反乱から始まったのだ。疲弊した国にのし掛かった莫大な賠償金。それを何とか返済しようと躍起になったシャルルであったが、まだ幼い彼の治世に背く者が貴族や商人に現れ、さらには地方農村での反乱も起きてしまった。

 この反乱の背景にも、本来は守るべき民達に貴族が重税を課した事が原因の一因であった。反乱はどんどんと膨れ上がり、“旦那達を倒せ”のスローガンのもと貴族や騎士などの支配者層の人間が標的にされ、今までの恨みを発散するように領主達を殺していった。

 もはや反乱に対しては血で血を洗うしかなくなり、反乱を起こした民達の最後は…皆殺しであったという。


「で、でもッ! 彼らは被害者だッ! それなのに……」


「カイ。それはシャルルもわかっておる。だからこその“最小限の被害”でとあの場で申したのじゃ。お前さんもそれを理解していながら言葉巧みに、伯爵様達を戦場に向かうようにと導いたのではないのか? 今のお前さんには矛盾を感じる。もしや…今さらながらに怖くなったのか?」


「…ッ!!」


 図星だった。……手は震えて、奥歯はガタガタと音を鳴らして訴えているのに気付かない振りをしていたが、もはや認めざるを得なくなってしまった。

 キャロウェイお爺さんの言っている意味もよくわかった。だからこその最小限の被害。シャルルは反乱鎮圧を決意した時から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ……まだ震えは止みそうにない。このどうしようもない事実を突きつけられて、永遠に明ける事のない夜の世界に突き落とされたような喪失感が、より大きな衝撃となって身体を揺さぶり続ける。

 きっと口から語る言葉はもっと震えてしまうだろう。それでも、今はシャルルに…キャロウェイお爺さんにもどうしても知って欲しい事がある。

 

「怖い…怖いよ。帝国から…僕達の故郷から逃れるのに必死だった時のように怖い。自分の命が失うのは怖い。……だけどね、圧政者によって苦しみながら生きてきた人達が、苦しみの人生のままに死んでいくのを黙って眺めているのがもっと怖い。…彼らも“差別”による被害者だから」


「「…ッ!!」」


 生まれが農民であったというだけで彼らは差別され、多くの時間や僅かな財産をも領主に奪われてきた。……僕の父さんと母さん、ハイクとイレーネの両親の最後が頭を過ぎってしまう。

 身体の虚弱さで差別されてきたシャルル、ドワーフというだけで王都から逃れなければいけなくなったキャロウェイお爺さん。二人にも“差別”という言葉が重くのし掛かり、沈痛なままに表情を曇らせた。


「じゃが、それならどうすると言うのだ? こちらが武器を(かざ)せば同じように武器を反乱者達も翳すであろう」


「もしも…反乱の首謀者だけを捕らえられる事が出来れば、被害は最小限に抑えられる。けど、その前には多くの民達が立ちはだかるだろう。ボクにとってはそれが最小限の被害だよ、カイ」


 正論が並び立てられ言い返すだけの気力も知恵もすぐには湧き上がらない。反乱の首謀者か…確かシャルルの治世中の反乱は、シャルル側に組みした一人の貴族が反乱の指導者を交渉の席で騙し討ちにし、その後に反乱に加担した者を皆殺しにしたのだった。卑劣な行為で反乱を鎮めた貴族はその後にシャルルを何度も裏切るようになり、シャルルの人間不信に拍車を掛けたのだと僕は邪推している。

 シャルルにとって頭を悩ませるこの反乱という苦い記憶は、結局のところ武力による制圧が当時の…いや、歴史を通じての主な指標でもあるのだ。キャロウェイお爺さんの言う通り、人が武器を掲げた時…やはり人も武器を掲げるしかないのか……。


 …クソッ!! 僕には何も出来ないのかッ!! あれだけ多弁でありながら、口では民達のためと(うた)いながら、むざむざと暮らしに困窮した民が殺される瞬間を眺める事しか…。

 さっきまでの美味しい料理を頬張っていたのが嘘のようだ。食事の席で口に入れた奥歯に詰まった刺激物がピリッと弾け、舌に痛烈な痛みを与えた。






 ───その時、一つの巧妙も同時に弾け…思考は試行を促し、至高の案をカイは脳内で叩き出した。

 




 

 ……………あれ? もしかして…これは使えるんじゃないだろうか? 






 今回は市街地だと聞く。恐らく首謀者が立て籠るは侯爵の屋敷。きっとそれは街の中心部にあるはず。

 街が戦場になれば幾重にも柵を設けて陣地を構築して、不利になれば第一陣を捨て第二陣へと後退する。戦術的には大まかにはこうだろう。

 だが、陣そのものを放棄させるように動けばどうだろう……。


 この策は恐らく一発勝負だ。一度使えば二度目は許してくれないだろう。すぐに対策されるのが関の山だ。統制された軍であれば初見で対応されてしまう。

 けれども、今回の相手は戦さ経験の少ない民達だ。一度恐怖が蔓延すれば散り散りになって()()()()場所に逃げてくれるはず……。


「シャルルッ!! 策を思い付いたよッ!! これなら…きっと上手くいくッ!! 一緒に着いて来てッ!!」


「え…ちょ、ちょっとカイッ! ど、どこに行くのッ!? そんなに強く引っ張らないでッ!!」


 歩き出す歩幅は自然と大股となって一歩を踏み出した。この一歩の意義は人生に大きな加速度を上げてくれた。なぜならこの始まりの戦いは、僕の名を初めて歴史に刻むものになるからだった。

 深淵の中から見出した一筋の光明は、やがて大きな星々の光のように人々の心を救う希望へと至る。




 ちょっと長めで恐縮です。せっかくならここまで書きたくなりました。

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