とある誰かの視点 二人の反逆者
「……とまぁ、敵さんの中で賢い連中はここまで踏んで兵を差し向けてくるだろうな」
涼しげな若武者の優男は気怠そうな雰囲気で先見の明を表した。この男は全てを理解した上でこの策を仕立てた。アルデンヌ侯爵の屋敷を奪い、守りには不向きなリヨンの街にわざわざ立て籠ったのだ。
「しかし、若。本当にこんな策で宜しかったので…? このまま王都まで攻め寄せた方が間違いなく功を奏したのではと私は愚考致しますれば……」
「これでいいのじゃ、爺。有能な敵を叩くためにも自陣にまで敵を引き込ませた方が楽じゃろう? …爺のようにな」
この男達は知り合って間もない。間もないと言っても共に一年程は諸国を巡り歩き、様々な見聞を広め、言語を習得し、そしてこのどうしようもない世界の在り方に憤った。
爺と呼ばれた人物は年若い優男を一方的に尊敬していた。それはそうだ。以前の世界において…いや、ほぼほぼ同時代に生きた一武将として彼の事を尊敬せざるを得なかった。それ程にこの若武者の名声は広く知れ渡り、爺は彼の生き方を羨望していた。
だが、この優男が爺へ抱く信頼も同じだけの比重の秤座で、その類稀なる力量を評していた。何事にも変え難い先を予見出来る知見を有し、自身に近い感性が彼に心地良さを与えていた。とりわけやはり、その軍事的才能には驚愕をせざるを得なかった。優男にも並ぶだけの軍略を有する者は、かつての世界で自分の周囲には一人もいなかったのだ。
しかし…ここにいる。同じ日の本で名を轟かせながらも決して交わる事のなかった者同士。お互いがお互いを敬い、慕うのは当然の帰結でもあった。
「……なるほど。確かにここまでの敵はただ突撃を繰り返すだけの猪武者ばかり。さながら京の都のようなこの地でも、今のところは上手く戦えておりますからな」
ほとほとこの国の兵達の戦い方には呆れるしかなかった。ただただ攻めて来てはやられに来ているようなものだった。守りに徹していれば良いのだ。守り難い地形ではあるものの、幾重にも柵を巡らせては矢の雨を降らせるだけで敵は退いていくのだ。これ程につまらぬ戦はない。かつての世界で凌ぎを削った周辺大名達の方が余程マシであったというもの。
「…京の都か。応仁の乱を想い出すのぅ……。あの頃は日々を生きるのも辛く、目の前を背けたくもなったが……民草の窮状を何とかしてやりたいと必死じゃった」
優男は懐かしげに、かつて抱いた民達のために生きた日々を逡巡した。くだらない理由で日の本は争うようになり、京の都は焼かれ荒廃し、いつも犠牲にあうのは戦さに無関係な民草ばかりであった。
京では病が蔓延し、足軽達は放火や略奪を繰り返し、もはや秩序など一切無かった。河原には無数の遺体が葬られる事もなく放置され、その殆どの横たわる犠牲者は…やはり無垢な民草。
時の権力者の些細な見栄や愚鈍な利己心が民草の暮らしを奪い、あの栄華を誇った京の都を灰燼に帰したのだ。
……許されざる所業だ。蹴鞠と大御酒の享楽的な日々を送る者がいれば、道に生える雑草すら食せずに飢餓に苦しみ死に至る者。若き頃に眺めた地獄の日々。あの頃の風景とこの国に生きる民草達が重なって見えた。
………この状況を静観など出来ぬ。昔日の日々に抱いた志をここで示さずにおるは武士の道に背く事なり。
「…心中お察ししますぞ。私もよく聞かされましたからな。故に私は均衡を保つために、領地を守ろうと必死に動き回ったものです」
爺は優男よりも少しばかり遅れての生まれだ。彼の家は応仁の乱でのし上がった大名家である。彼の家の存在はとても大きく、応仁の乱そのものでの優劣をも決定づけるに等しい家柄にまで至っていた。
常に一歩引いた目線から応仁の乱を表裏比興の立ち回りで、この愚かな争いを生き抜いた。時にはどうしようもない君主を裏切り、国に安寧をもたらそうとした。彼の生き方も常に国を守るための生き方に殉じ、彼の生きた時が御家の最高潮とまで評され、周辺諸国の大名は恐れ慄いた。
「…どうせこの地の民は、あのどうしようもない侯爵からの無情な託宣によって、近い将来には息絶えていたのだ。自身を現人神と勘違いした豚の貴族によってな。生きる希望くらい魅せてやろうではないか」
「ククク……若の得意分野でありますな。このままこの国を分捕りましょう」
「あぁ、下剋上の音は鳴り響いた。我らの音に共鳴する者達が立ち上がろう。……そのためにも、我らに釣られたあはれなる連中をここで徹底的に叩くのだ」
すみません。上手く投稿出来ていなかったので、一度削除の上で再び投稿させて頂きました。ようやくこの二人がまた登場しましたね。多分、明日は投稿出来ても短めなものになるかと思います。




