敬礼
「…フフ…フハハハハッ!! よくぞ言ってくれたッ! カイ君ッ!!……そうだ。それこそが民衆の立ち上がる理由なのだよ」
薄気味悪く口角を上げながら、大層楽しそうにクワンが笑い出した。よっぽど嬉しかったようで饒舌ぶりに拍車が掛かる。
「つまるところ今回の反乱はカイ君の読み通りの事が歴史の一幕として必然的に起こったのだろう。なら、取るべき手段はただ一つだ。……伯爵。姑息な手段でシャルル王を焚き付けるつもりなら、もっと上手い方法でやられるがよかろう。私は騙されないし王だって腹を括っている筈だ」
……へ? 姑息な手段? 話しが見えずに伯爵の方を見ると、暗笑を静かに称えながら喜んでいた。
「流石ですな、クワン。純粋な子供達の無垢な声を聞かせれば王の心をさも滑らかにする油にもなると踏んでみたのですが、こうも容易く看破されるとは」
えっ! 僕達をシャルルを動かすためのダシに使ったって事っ!? …うわぁ、つくづく抜目のない人だと感心させられる。ある意味クワンに近しい感性の持ち主なのだろう。クワンを懇意にする理由が垣間見えた気がした。
「酷いわっ! 伯爵様ったら! 私達を利用したって事ねっ!!」
すかさずイレーネは抗議をし、頬をぷくぅーっとはち切れんばかりの風船のように丸く膨らませる。
隣のハイクは話しに上手くついていけず、クエスチョンマークが頭の上で点灯していた。
「ふふ…悪かったなカイ、ハイク、イレーネ。して、多少は王の御心を揺り動かすだけの理由にはなりましたかな?」
軽く詫びれるがすぐに話しの矛先をシャルルに向けた。どうやら伯爵は今回の事態を他領の問題だと軽視するつもりはないらしい。王であるシャルルにどうにかして動いて貰いたいと願っているのが伝わってくる。
「伯爵。もちろんボクとしても守るべき民を蔑ろにするアルデンヌ侯爵の統治には憤りを抱いている。迅速に反乱を鎮圧したい。出来れば…最小限の被害で…。そのためには誰かの力が必要だ。協力してくれ、ジャン・ド・パラド伯爵」
「その言葉を待っておりました。侯爵より立場の低い私が兵を差し向けては後々が面倒でしたからな。数は少ないですが、すぐに動かせる兵は二百から三百です。反乱を起こした者達がどれ程の規模であるかの詳細を早速聞いてみましょう。入って来てくれ」
発した命令と同時にシャマとツェレクが畏まった面持ちで足を踏み入れた。即座に入れるように、また主人の話しのタイミングを崩さないように扉の向こうで控えていたようだ。細かいまでよく教育されているなぁ。
「ツェレク、皆様方に名乗りを致せ。それから帝国語で話すように」
「帝国語で? …かしこまりました」
一瞬、疑念寄りの疑問が若者の顔に張り付いた。それでもすぐ様に姿勢を正して主人に従う。
「先程はお見苦しいところを失礼致しました。改めまして、私はツェレクと申します。王とその御一行の皆様、どうか以後もお見知りおきを」
正気を取り戻した顔は精悍な若者といった印象を受ける。白い肌の日焼けが日頃から外での活動に従事する者であるのを証明していた。もっとも注目すべきは逞しいまでに発達した足だ。そんな彼が息切れすら起こすまで走り続けたのだ。よっぽど遠い地から走り続けたに違いない。
ツェレクがバシッと敬礼をした時に、初めてこの世界でも敬礼の文化がある事を知った。王とその御一行は誰も敬礼なんてする柄じゃないからね。敬礼の風習は騎士の習わしが由来だ。全身鎧を着ていた中世の騎士達は顔を覆い隠す鉢型兜を被っていた。被ったままでは一見で誰が誰であるかを知る事は出来なかった。そのため自分が誰であるかを知らせるために、バイザー(面ぽお)を上げる事で自分の存在を知らせる事が出来た。これが敬礼の起源だ。
「ツェレク、詳しく効かせてくれ。一体何があったのかを」
「はい、伯爵様。私が知り得た情報をお知らせ致します。アルデンヌ侯爵の元で起きた反乱について」
一拍の間を置いた後に、ゴクリと唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。誰のものであったかはわからない。…けど、全員が身を構えて聞くのに相応しい初音であった。
「アルデンヌ侯爵領のリヴィエールの街で、二人の男が騒ぎ立てたところから始まったようです。“貴族はその地位を笠に着て己の保身や私利私欲、強欲を追い求め自らを驕り高ぶるどうしようもなき者どもッ! 税に苦しみ生活が疲弊する一方だ”…と。その言い分に呼応した民達が立ち上がり、最初は少数の者達の小さな反乱だったのですが日毎に加わる民達の数は膨れ上がり、侯爵の名を冠したリヨンにまで攻め寄せアルデンヌ侯爵は王都に逃亡。今は伯爵の麾下の兵達がリヨンの侯爵の屋敷を取り戻そうと戦っていると」
「自身の領地での責任を放棄して逃げたと申すか…何と身勝手な」
伯爵は項垂れながら呆れ顔で侯爵の行いを卑下した。無理もない。領地を賜わり統治する者として、真摯に対応すべきところを逃げ出してしまったのだ。
「戦っているという事は…未だ取り戻せていないと」
「え、えぇ…そのようです。何しろ反乱の指導者の二人の男が、とても小賢しく立ち回っているようでして」
「小賢しくだと?」
戦いに身を置いたズゥオとヨゼフは最後の一文に注目したようだ。戦いの帰結が気にかかっているらしい。僕も気になっているけどね。
「それが、反乱者達は真正面から戦おうとしないのです。どこかから現れては攻撃を仕掛けては逃げ、少し戦っては逃げ、という卑劣な戦い方をする騎士の風上にも置けない連中のようです」
「「「「「…………え?」」」」」
国や時代によって兜の呼び方が変わりますが、今回は鉢型兜で呼ばせて頂きます。




