馬術
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「うわっ、やばいよ! ついつい話し込んじゃったけど、学校に急がなくちゃッ!」
「ッ!! 言われてみればそうね、急ぎましょう!」
「やべー、このままじゃ遅れちまう!」
知らない間に結構話し込んでしまった。走って学校に行かなくちゃ、折角の街行きの内定もなくなってしまう。
急ぐぞッ! あっ、今のうちにハイクとイレーネにも伝えなきゃいけないや。
「そうだ、二人に父さんと母さんから伝言。絶対にお肉のことは他言無用だよ」
「そんなの当たり前よ。言える訳ないじゃない」
「あぁ、言っちまったら厳罰に処されるだろうな」
どうやらハイクとイレーネも、わかっているみたいだ。
この様子なら二人の家族でも、そういう話しがあったんだろうな。なら心配ないや。
「わかった。じゃあ、大丈夫そうだね。……ねぇ、こんなに速く走らなくても大丈夫じゃないッ!?」
「いや、どうせお前宿題やってないだろう。だから急ぐぞ。お前が宿題やったら、俺が写す時間も確保しなきゃいけないからな!」
「ちょっと! またやってきてないのッ!? いい加減宿題やってこないと、先生にそろそろバレるわよッ!」
「大丈夫だッ! カイが早く終わらせれば問題ない」
「その前に僕が学校に着けるかどうかだよッ!?」
こんなペースで走ってたら、いつかバテて倒れてしまう。
もう少しゆっくり走らせてッ!
そんな僕の要望なんていざ知らず、ハイクは学校までそのまま走り続けた......
「おいっーす、おはようー」
「あぁ、ハイクか。おは......なぁ、ハイク、イレーネ。背中のそいつはどうしたんだ?」
お願いッ! 僕に触れないで!
……そのまんま空気として扱って欲しい。
「えっとね、私たちと走って学校に来たんだけど、途中でカイが力尽きてバテちゃって、それでハイクがカイのことを背負いながら、学校まで走ってきたの」
「「「「「ぷっ、ふふっ……わっはっはっはっはっはッ!!!」」」」」
その瞬間、教室中で大爆笑が巻き起こった。
……うぅ、だってハイクとイレーネが速すぎるんだよ。ついていける訳がない。
「カイ〜、流石にハイクとイレーネも愛想尽かすんじゃないか? わっはっはっはっはッ!!」
文官志望の子たちから野次が飛ぶけど、言い返す気力もない。
力のあるハイクに取り入ろうとしたり、美少女なイレーネにお近づきになりたい子達からすると、僕に対しては不評な部分がある。
これでもみんなからの妬みの感情を上手く逸らしすようにしてきたけど、なかなか思うようにはいかない。
根回しをするための物や金銭、その人と交友を深めるたりする時間は、僕達のような立場の者にはほぼほぼ皆無だ。
この国での教育は徹底的な競争が求められるので、お互いを蹴落とそうと必死だ。
とりわけ座学が一位で、力がある友にいつも守られていて、美少女に体術の授業で怪我の心配をされているような奴は格好の標的だ。
はぁ……この制度を作った人間に一つぐらいは文句も言いたくなる気分だ。
「そんなことはない。カイは体力と体術はからっきしだけど、頼りになる奴だ」
「そうね。カイは体力と体術はダメダメだけど、いざって時は頼りになるもの。愛想なんてつかないわ」
二人ともありがとう……ッ!!
…でも、サラッと体力と体術が劣っていることを指摘するのはやめてッ!
ハイクとイレーネに言われると傷が深くなるからッ!
「おい、カイ着いたぞ〜。さぁ席にも座らせたし、宿題をさっさとやって貰おうか」
「ま...だ、休...ま…せて」
「頼むぜ、カイ。お前が宿題やってくれないと俺の成績も落ちちまうから。ちゃちゃっとやってくれよ〜」
ハイクが思いっきり走らなければ、こんなことにはなってないよ……。
ペース配分的を考えて、もう少し速度落としても学校に間に合い、なおかつ僕も宿題を行う体力も残ることを計算していた。
しかし、ハイクは思いっきり飛ばして走ることで余裕があり過ぎるくらいに、いつもの登校時間通りに到着した。
途中へばった僕を担いで。
日本にいた頃にも、こんな体力と力がある十二歳は周りにはいなかったから、よっぽどハイクは士官向きだと思う。
そして、そのスピードについて走れるイレーネもとんでもないと思う。
この二人に必死に後ろをついて走る僕の身にもなって欲しいよ、全く……。
「じゃあ…問題を…ハイクが…読ん……で」
「ん? 俺が読んでも解けないぞ」
「違う…ハイクが…読んで…くれたら……僕が…答えを…言うから…書いて」
「あぁ、なるほど! いくぜ〜じゃあ問題は…」
これならハイクが書き写す時間も短縮出来るし、僕が復活して問題を解く時もスラスラスラ〜っと解けるはずだ。
士官と文官の共通の宿題だから、文官の授業で出てくるよりも簡単な問題ばかりだ。
聞いたらすぐに答えられるものばかりなので、机に顔をうつ伏せたままでも余裕だ。
「おし、全部解けたぞ〜カイ」
「全部解いたのは…僕だけどね」
「おっ、大分息も整ってきたな。良かった良かった。ありがとうな、カイ」
そう言ってハイクは僕の背中を叩く。
…ふぅ、しょうがないなぁ。
「問題を見なくて解けるなんて……。もう少し簡単な問題なら出来るけど、この問題で同じようにやるのは今の私には無理だわ。やっぱり頭はとんでもないわね、カイ」
「そんなことないよ。イレーネもこれくらいあっという間に出来るようになるさ。というより、追い越されないように僕だって必死さ」
「どうだか。本心ではまだまだって、思っているんじゃないの?」
「そ、そんなことはないよ。本心さ」
「ついさっきの、“そんなことはないよ”と違って言葉が詰まっていたわよ。バレバレなんだから」
…うぅ、イレーネは鋭いな。持ち上げても誤魔化されなかったか。
ハイクと違って簡単に言いくるめられない相手だから、もっと違う言い方をしなきゃな。次に活かそう。
「ま、まぁ、たまたま言葉が言い淀んだだけだよ。僕も宿題急いでやろうっと」
「足は速くないけど、会話の逃げ足は速いわね」
ぐふっ! …ダ、ダメだ。ここで反応しては……。
形勢が悪いまま立ち向かうようなものだ。ここは言い返さずに宿題に集中しよ。
さっきハイクに質問されながら答えていたので、すぐに解き終わった。…体力や体術がダメでも座学なら誰にも負けないもん。
それに僕にはみんなには明かしていない師匠から教えられたとっておきの魔法もあるしね。
……フッフッフ。
その時、ガァーっと古い建物ならではの音で戸が横に開かれた。
あの先生のような人が入ってきたようだ。
「みんな、おはよう」
「「「「「おはようございます!」」」」」
「本日は、一週間に一度の馬術の授業を行う。全員、訓練場に移動するように。指導は体術を見ている兵士が今回も見てくれる。では、急いで移動するように」
「「「「「はいっ!」」」」」
……あれ? 何か一瞬こっちを見てニヤついたような気がした。何かあまり良い感じの笑みではなかった気がした。
…どっちにしても関係ないか。あんな人とは関わらないのが一番だ。
全学年の生徒が移動を開始する。訓練場はいつも体術を行っている場所だ。
「いやー、何か今日はあいつの視線が嫌な感じだと思ったけど、俺の気のせいか?」
「ハイクも? 私も何だか下卑た視線を感じたのよね。気持ち悪かったわ」
「ハイクとイレーネもそう思ったの? 僕の勘違いじゃなかったんだ」
「お前らもか! うーん、何か俺らしたかな?」
「もしかしてッ!? 昨日のおに…」
「何もしてないから気にする必要はないと思うよ。ハイク、イレーネ」
イレーネがお肉の話題を出しそうになったので、急いで会話に切り込んだ。
ちょっとイレーネに視線を強めると、彼女もそれに気づいたのか、黙って頷いてくれた。
ハイクもその様子を見て分かったようだ。どちらにしても、今はここで話題にして良い事ではない。
帰る時にでも、また話せば良いだろう。
訓練場に着き一、二、三年生の順で前から並ぶ。
体術と馬術の授業はあの先生のような人じゃなく、とても感じの良い兵士が先生として教えてくれる。
おっ、先生が来たようだ。
「みんな、おはよう!」
「「「「「おはようございます!」」」」」
「うん、いい挨拶だ。では、今日も一年生から順に馬術の訓練を行う。二年生、三年生は、それぞれ思い思いの時間を過ごすように。では、一年生は訓練場の真ん中まで馬を厩舎から連れてくるとこから始める。私について来るように」
彼はアリステア。先生役としての兵士として、この学校の二階に住んでいる。
もう一人のあの先生のような存在もいるが、生徒が何か困ったことがあったらアリステア先生に相談している。
あの先生のような人は相談は朝にしか受け付けない。
しかし、体術や馬術でわからないところがあれば、アリステア先生はいつでも相談に乗ってくれるいい先生だ。
「じゃあ、私たちは外周に行きましょう」
「あぁ、そうだな」
馬術の訓練を受けている学年以外は外周で待機となる。
先生の“思い思いの時間を過ごすように”という言葉からもわかるように、帝国の教育では珍しく自由時間となる。
自由時間と言うと遊びまわるもんだ。男子は鬼ごっこやをしたり女子はお喋りをしながら過ごす。
まぁ、僕はこの時もそんなことはしない。せっかく馬術の訓練があるのだ。他の学年が馬術をしている様子を観察する。
「なぁ、今日もカイはボーっと馬の様子を見ているのか?」
「“見ている”じゃない“観ている”だよ、ハイク。ただ、見るんじゃなくて、馬の動きや関節と筋肉のの連動、今日の馬の様子を観るんだよ。僕にとってこれは勉強の一環だよ」
「そんなことしなくても、何となく乗ってれば分かるじゃねーか? こうすればコイツは、今日はこんな動きの方がやり易いかなって」
「勘で何となく空気を読んで、何となく何事もそつなくこなすハイクと一緒にして貰いたくはないよッ!」
つい大声で言ってしまったが、身体を動かすことに関してハイクは本当に天才だから、僕みたいな努力をしなくても出来てしまう。
……羨ましい。
「まぁ、それが俺だからなッ! はっはっは! どーれ、俺も一緒に寝っ転がって見学すっかな」
ドンっとハイクは地面に横向きになりながら、肩肘を地面につけて拳を頬について、まるでテレビを見ているかのような感覚で馬術の見学を始めた。
ちなみに僕は寝っ転がってません。あぐらをかきながら観てます。
「全く…だらしないわね。よっと」
そう言ってイレーネは、僕の横に女の子座りをしながら座った。
普段は気が強く男よりも漢な雰囲気から、男の幼馴染のような感じで接しているが、こういう仕草を見ると女の子なんだなぁって思う。
これを本人に言ったら、ハイクの体術よりも痛い目を見ることは分かりきっているので、言ってみたいけど言えません。
自然といつもの三人組で馬術の様子を観察する。いつもながらの光景が何となく出来上がっていた。




