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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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会談 六 “平和とオリーブと鳩”

 ”オリーブの枝“。古くの時代から平和を象徴してきた逸話が多くある。ノアの方舟では、地上のありとあらゆる生命を奪い去った大洪水を生き抜いたノアが、方舟の中から放った”鳩“が咥えてきた”オリーブの枝“で地上の一部に乾いた陸地が顕現したのを知る記述が残されている。


 僕はあの日の夜…みんなで鳩の肉を食べた日に密かに誓ったんだ。石鹸を造ろうという発想に至ったのもこの時がきっかけだ。

 オリーブの枝と鳩。僕はこれらに平和を託した。戦いに身を投じようとしている人間が今さら何をと問われるだろう。

 だが、それでも願わずにはいられない。帝国の侵略を阻止するのは、未来に生じるであろう帝国の被害者を救うための道であると信じている。そのためになら…この名が汚名に(まみ)れたとしても構わないと決意したのだから。


「平和ですか…人と魔族が、人と魔物が、人と人同士が争い合う時代です。そんな時代だからこそ、我々の手で僅か数年の平和であろうとも手に致しましょう、王よ」


 掌に転がるか細いオリーブの枝を見つめながら、それを大事に抱えながら伯爵も僕達の願いに応えてくれた。


「あぁ、伯爵。この王国に住む民達が安心して暮らせる平和な時を、ほんの少しの間だけでもいい…ボク達の手で築くんだ」


 こうして新たな心強い協力者が、今はまだ心許ない僕らの陣営に加わってくれた。

 全員の顔には自然と笑顔が浮かび、小さな笑い声が生まれ、応接間の一室に木霊するのはまさにすぐの出来事だった。


「さて、そろそろ夕食にしましょう。家人達も準備を整えて待っている事でしょう。そこでゆっくりと話しの続きを致しましょう。我々に課せられた仕事はこれから山ほどあるのですから」


 伯爵が言い終えたと同時に扉の向こう側から声が掛かる。


「ご主人様。御夕食の席を整えて御座います」


「うむ、ご苦労。すぐに参る。王よ、些か田舎な領土ゆえにお口に合うかどうかわかりませんが、どうか夕餉のひと時を皆で楽しみましょう」


「料理を楽しみにしているよ、伯爵」


 先頭をシャマが行き、その後ろにシャルルと伯爵が肩を並べ、僕達はさらにその後ろにゾロゾロと続く。

 一瞬の隙があった。この機会を逃したくない。そう判断してササっとイレーネの隣りを歩けるように、みんなが歩き出すのを待ってから後ろの列に加わった。

 ……なぜかみんなは面白がるようにこっちを見てたけどね。そんな全員の無駄な好意によって難なくイレーネの隣りは確保した。

 うぅ…何て言って話せばいいのやら。謝らなければいけないのだけれども、咄嗟にどう言えばいいのか悩んでしまう。さっきまであんなに饒舌だったのに。


「……や、やぁ、イレーネ。そのぅ…その服、とっても似合っているね」


 出てきた言葉はありきたりのそこら辺にでも転がっていそうな決め台詞だった。前方から堪えるように漏れた微笑が聞こえてくる。…後で覚えておくんだね、みんな。

 だが、幸いな事に少女にとってはとても新鮮な台詞でもあった。こんなに綺麗な装いをしたのは今日が初めてだったから。


「…あ、ありがとう」


 短く一言を告げ、その後の会話が続かない。お互いが何を言っていいのか悩んでいた。ううん…言いたい言葉はすぐそこにあるのに、喉に突っかかって出ようとしない。

 “どう言えば許して貰えるのか”…そんな事で頭の中が一杯だった。


「ねぇ、カイ…」


 静寂を打ち払ったのはイレーネの方だった。耐えかねたようにボソリと名前だけを呟き、次の台詞までの間が妙に空いた。

 …この間を逃したら言えなくなる。野生の勘に等しい微量の理性がそう告げ、これまでの空白を埋めようと必死になって絞り出したのは、ごく簡単な一言だった。


「「ごめんなさいッ! …ッ!?」」


 意外だったのは同時に一言一句違わず謝罪の意を表した事だ。この不可解な現象の理由を詰め寄るように聞かざるをえなかった。


「ど、どうしてイレーネが謝るのさ。悪いのは僕の方だっていうのに…」


「ううん、私が…私の方が悪いわよ。だって私のせいで…みんなに迷惑をかけたんだから」


 肩を落とし意気消沈しながらかろうじて答えてくれた。自分のせいで要らぬ迷惑を、伯爵やシャマ達も含めたこの場にいる全員にかけてしまったと、無言の台詞がその後に続いて幻聴として聞こえてくる。


「イレーネ。それは違うよ。そもそもが僕が恥ずかしがって…素直じゃないとか、すぐに手が出るとか…傷付ける言葉を咄嗟に並べてしまった。イレーネの気持ちを考えもせずに」


 根本の原因は間違いなく僕だ。それなのに目の前の少女が傷付いている。今は少しだけ…自分に正直になろう。たとえどんなに恥ずかしくても。


「そ、それにね…イレーネ。ぼ、僕としては気付けて良かったなって思えた部分もあるんだ」


「…え?」


 赤い目を滲ませながらも下を向いていた顔をこちらに向けてくれた。…よし、今だけは羞恥心は捨てよう。イレーネを元気づけるためだ。


「イレーネが大変な目に遭ったのは僕のせいだ。本当にごめんなさい。負わなくてもいい痛みをイレーネに与えてしまった。あの時…怯えたイレーネの顔を見た時こう思ったんだ。“こんな想いを二度とさせちゃいけない”って」


「……」


「一緒に旅をしていればまた喧嘩をする事もあると思う。それでも君を…イレーネが見知らぬ誰かに傷付けられないように、僕はすぐにイレーネの手を取るよ。たとえイレーネが嫌がってもね」


「…ッ!!」


 再び下を向いてしまった。うぅ…嫌がっても手を握るなんて極端過ぎただろうか。そうでもしないと今回みたいな状況を避ける手立てがないと思ったんだけど。


「それにさ、他にも気付けた部分もあるんだよ。イレーネがその…こんなにも綺麗なんだって。ほら、こう言ったの覚えてるかな? “イレーネの見た目は可憐”だって。やっぱりイレーネは可愛いらしいんだなぁ……って…ッ!!」


「ふんっ!!」


 ズドンッ! そんな鈍い音が再び炸裂したのと同時に、急激な痛みが左胸を突き刺した。だが、今回はみぞ落ちじゃない分まだマシではあった。悲鳴と抗議を上げるだけの気力は残っていた。


「痛あああぁぁぁいッ!! な、何をするんだよイレーネッ!?」


「本っ当〜にカイったらデリカシーがないわねっ! もう少し女の子との話しの仕方を学んだ方がいいんじゃないかしらっ!」


「え…でも、僕の周りにイレーネ以外に女の子なんていないよ。それってイレーネともっと話せばいいって事?」


「あぁ〜もうっ! カイのバカっ!! 鈍ちんっ!!」


「に、鈍ちんッ!? …ふ、ふんっ! イレーネはやっぱり素直じゃないし、すぐに手が出るねっ! イレーネこそもう少し女の子らしさってものを…」


「…言ったわね〜っ!!」


 知り合ったばかりの、しかも御貴族様の目の前で言い合いを重ねる。生温かい目線が向けられているのも気付かずに、周りの人達から聞こえてくるのは幸せそうな笑い声。


「…いい友達を持たれましたな、王よ。貴族達と違い…こうも裏表なく生きる者達なのですから」


「うん…本当に」




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