会談 五 “領地受封儀礼”
「いや…えっ? そんなの無茶苦茶な策でしょう。王…はこんな策をお認めになったので」
「認めたよ、シャマ。それだけこの策は意表を突いた策だ。だって二人がこんなに驚いているんだからね」
にこやかな笑顔には裏表はない。シャルルから僕に対しての深い信頼が垣間見えて、なんだかこっちが照れ臭くなってしまう。そっと顔を背けてしまった。
「…この策、それからこれまでの話しでカイという人間がわかった気がする。転生者というだけあって、カイも名のある英雄だったのであろうな」
関心深そうに僕を英雄だと勘違いしていた。大きな誤解は早めに解くに限る。それも甚だとんでもない曲解だ。
「伯爵様。勘違いしておられるようなので訂正させて頂くと、僕はここにいるみんなと違って英雄ではありません」
「ほほう…ではカイは前世では一体どのような人物だったのだ。これだけの知恵を披露されては流石に興味が湧いて仕方がない」
「僕は普通の家に生まれた普通の子です。もし、自分が他の人と違うとするならば…それは僕が英雄達に憧れたという願望が強かった点でしょう。伯爵様のように」
「私が…だと」
黙させるような事を言ったつもりはない。僕が感じたままに伯爵から抱いた印象を話すだけだ。
「伯爵様は、先程このように仰いました。“そうであれば余程良かったであろうな。もっと領民の暮らしを楽に出来たであろう”…と。領民を想うがために英雄であったならばと望まれたのでありましょう。これは僕の勝手な解釈ですが、“英雄に憧れているならばいつか必ず英雄になれる”と考えております。現に僕の目の前には、英雄の資質たるを心得た素晴らしき領主様がおられる。生きた証拠であると言えましょう。だって僕は…伯爵様を羨望の眼差しで見ざるを得ないくらいに尊敬しているのですから」
これは本心だ。伯爵の領民に対する想いは海の底よりも深く、領民を守るために身につけたであろう知恵と処世術には感服するばかりだ。
これを英雄と呼ばずして何と呼べばいいか僕にはわからない。
「ふふ…実にカイは面白き者だな。人の欲しい言葉をこれだけぽんぽんと投げ出されてはいかんな。いい気になってしまう。カイも十分に英雄たる口舌を持っておるのだと私は想う。もはや私もカイを良き目で見ざるを得なくなってしまったのだからな」
伯爵の黒曜石を敷き詰めた瞳の奥から、僕の視線に込められたのと同様の礼讃を感じる。
伯爵は席に座らず立ったままだった。そうしていた理由がここにきてようやくわかった。どうやら伯爵は話しを聞くうちにこうするつもりであったのであろう。
シャルルの座る席へと近づき、遂にその場に片膝を屈した。
「王の望まれる全面的な協力には程遠いかもしれませんが、このジャン・ド・パラド…老骨に鞭打って王の良き臣下であろうと努めて参りましょうぞ。我が名を我が王に授けます」
“臣下の礼”。これは自身の主を見定めた者に対する儀礼でもある。王たるシャルルは伯爵の礼に呼応する。
「カイ」
「はい、王よ」
名を呼びかけられた僕はずっと隠し持っていたそれを、そのままシャルルに両手を添えて渡した。
「ジャン・ド・パラド伯爵。貴公の忠誠心…確かに受け取った。私は貴公の名を預けるにたる王であろうと研鑽する日々を生きる事を誓おう。頭を上げてこれを受け取って欲しい」
「……これは」
“領地受封儀礼”。本来であれば、臣下として伯爵を認めるだけならばシャルルは伯爵の手を両手で握り締めるだけで良かった。
だが、僕とシャルルは共謀して事前にこうなった事態を想定し、伯爵領のとある木から一本の枝を拝借した。
剣、一本の草、樹木の枝。これらのいずれかを託すのは“領地を貴公に託す”という儀礼である。
だが、伯爵はすでに領地を支配している。そんな伯爵に対し、敢えてこの行為をする事によって伯爵への絶大な信頼を表したのだ。
「フッ…ありがたく頂戴致します」
恭しく丁寧な仕草でその枝を受け取る。そして…この枝に秘めてきた想いをシャルルは紡ぐ。
「伯爵。この枝…“オリーブの枝”に込められた意味を貴公に託す。この枝には“平和”の意味が付されている。領民を愛し、領民から愛されている貴公にこそ相応しい。共に平和な時代を築こう…伯爵」
ずっと書きたくていた部分にも触れられて嬉しいです。
カイが食べた食事の意味も次で書けそうです。
次は“平和とオリーブと鳩”です。




