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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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“人には謝らなければならない時が二つある”

「──何とッ!! では従者も引き連れずに王は単身で国境沿いに参られたのですかッ!?」


 掴みとしては十分な驚愕と共にシャルルは語り始めた。

 驚きと危険に満ちた冒険譚を奏でる度に、伯爵は大声を交えながらこのように話しを盛り立ててくれた。

 まどろみに不相応なだけの炎熱が物語にはあった。帝国からのとある亡命者達との出逢い、その亡命者が自分の友となり、この国随一の槍使いとも知り合えた。一緒に火を囲んだ最初の夜に食べた鮎の美味しさに熱弁を(ふる)う。

 共に瘴気の森を潜り抜けようとするも瘴気が精神を(むしば)み、さらにはジャイアント・グリズリーにより命の危機に瀕したが、友は自身の命と不治の病も癒してくれた。

 やっとの想いで抜けた瘴気の森の先に広がる草原。軽やかな風が身を包んだ瞬間の爽やかさを、友と一緒に馬を走らせる喜びを聞くと伯爵は小さく微笑んだ。

 ヨゼフの旧友であるキャロウェイお爺さんとの出逢いを果たし、村人達の悩みの根源である山に立て篭もる賊を叩く話しになった時、伯爵は席を立たずにはいられなかった。


「ぞ、賊共の討伐ッ!? まさか…王は本当にそのような危険を侵して…」


「うん…まぁ、一番危険だったのは賊じゃなくて、仲間を信じれない自分の心だったけどね。けど、最後にはちゃんと仲間を信じて…ヨゼフさんを信じて駆け抜けた。賊に囲まれるのを承知で」


 ヨゼフの渾身の一振りで賊共が一掃され、その脅威が消えた。その後にすぐ、事態を見守っていたズゥオさんと出逢い、クワン達のいた秘境から眺めた夜空の(とばり)の中での僕との語らいと自分が転生者である事実、山を下っていた時にファンさんを匿い麓の村で住民と衝突した話しも、全て包み隠さずに伯爵に伝えた。

 この頃にはもう、伯爵は驚きよりもじっくりと話しを聞くだけに専念し、自身の領内で起きた出来事を聞き入りながら物想いに(ふけ)ていた。

 陽が傾き始めようとした時、ようやく伯爵との出逢いの瞬間にまで時間を巻き戻し現在に至るまでに及んだ。

 

「──失礼致します。お客様の身支度が整いましてございます」


 隔たれた一枚の扉からの発言に一同の意識は話しから逸れ、色とりどりの双眼が一斉に美しく(かたど)られた木の枠に向けて浴びせられた。

 開かれた扉の向こうにいた人物が目に入ったと同時に、全員の目も…いや、意識も奪い去ってしまった。ただ、茫然とイレーネを驚いたように眺めながら。


 どんなに名だたる彫刻家であろうとも刻めない美しさがそこにはあった。純白のドレスが少女の身体を纏い、少女の照らし出すような白い肌をより強調し、まるで夜空に(たたず)む琥珀の弓張月のように透き通っていた。

 金色の野にたなびく穂のように輝く髪は、スラリと()かされ艶やかな色光を放っている。


「き、綺麗…」


 シャルルはしまったと口を塞いだけどもう遅かった。夏の虫も(よい)を忘れてしまったのではないかと錯覚する静寂にあって、美しさに酔わされた一言はやけに響いたから。


「どうやら私の家人達は随分と張り切ってくれたみたいじゃないか。やはりこの目に狂いはなかった」


 伯爵もイレーネの装いに大層満足そうに頷くと、みんなに注視される気恥ずかしさからか、少女の頬はみるみるうちに薄い桜色から暁の恋模様のように染まっていく。


「フッ…良かったな、イレーネ。全員、どうやらお前さんの麗しさに(ほだ)されちまったようだ」


「…ふ、ふん。みんな昨日のお酒で目がまだ濁っているみたいね。そろそろ酔いを覚ましたらどう?」


「はっはっはっ! その言い分だとカイ達は酒も呑めねぇのに酔っ払っているらしいな。この世にはどうやら芳醇な香りだけで酔わす美酒があるようだな。…それも身近に」


「……ふんッ!!」


「…ッ! い、痛ぇーッ!! 何しやがるッ!!」


 ここぞとばかりにヨゼフは挨拶代わりの憎まれ口を叩き、心中どよめいていたイレーネの隙を突いたが全ては物理でねじ伏せられる。軽口の応酬は再び肘打ちで終始符が打たれた。

 ヨゼフは脇腹を痛そうに抑えながら、辛うじて悲痛な声を絞り出す。


「…ま、今日はこのくらいで許してあげる」


 あれ? 心なしか少し元気がなさそうにイレーネはそれだけしか言わなかった。もっと怒るのかなって思っていたけど…。

 そんな様子を気にしてかヨゼフは自身の痛みよりも、イレーネを(いた)わるように呟いた。


「……そっか、それなら良かった」


 ポンッと頭に置かれた手をイレーネは振り払わずに受け入れる。…少しだけ寂しさを感じながらも少女の様子に安堵した。


「これで全員揃ったな。イレーネよ、君達のこれまでの話しは王よりお聞きした。その事情もな。随分と波瀾万丈な冒険を繰り広げてきたようだな。今の君とヨゼフのように。遠慮せず帝国語で話して我々の話しに加わって欲しい」


「…は、はい」


 気兼ねない言い回しでイレーネの警戒を払おうとしたけど、まだ伯爵には心を許せていないのか短い返事で済ませると、みんなのいる方にすぐさま身を隠す。…もしくは恥ずかしい気持ちが沸き起こったからかも。


「ふむ。まずこれだけは言わせてくれ。…王よ。それから皆様にはどうやら多大な迷惑をお掛けしたようだ。領地を預かる私の責任だ。心より謝罪する」


 国の公人たる伯爵が亡命者に過ぎない子供達にも向けて全員に頭を下げた。

 そこには一為政者の姿はなく、人が人に向けてひたむきに謝る姿があった。


「お辞め下さいッ! 伯爵様ッ!! 王の御前とはいえ旅の者達に謝るなどと…」


「シャマよ、人には謝らなければならない時が二つある。一つは自身が罪を犯した時、そして…誰かを傷付けた時だ。今回の件で私は両方の過ちを犯している。それも王に…守られるべきか弱き者に…そして、未来ある子供達に対してだ」


 うん…やっぱり伯爵はいい人だ。いい人過ぎるくらいだ。シャルルに謝るのは当然としても、キャロウェイお爺さんとファンさんにも謝った。

 どうやらこの人は種族や見た目などに左右されないだけの、自分の中の強い信念を持っているようだ。

 そして何より…人の未来に想いを向ける人物だとわかった。この人なら…きっと理解してくれる。


「謝意を受け入れよう、伯爵。…だからさ、頭を上げてくれないか? 伯爵のこんな姿を見たくてここまで来たんじゃない。この国の未来を語り合うためにボク達は共に席に着いたんだから」


「王よ…」


 新鮮な喜びを伯爵は感じている。これ程の仕打ちを伯爵領で経験したにも関わらず、未だにシャルルからの厚い信頼が向けられていたから。


「わかりました。では、未来のために語り合いましょう。空に暗闇が覆うよりも早い方がいいでしょう。夕食が冷めてしまうといけませんからな」


「うん、未来が暗闇に覆われる前にね」


 二人は冗談に微笑し、すぐに真剣な面持ちを浮かべて気持ちを切り替える。国の未来のために。

 



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