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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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邂逅

「…見えたぞ」


「あれは……」


 そこにはイレーネ達を取り囲む兵士達の姿があった。何がどうなってそんな状況になったかなんてわからない。

 だけど、今はそんな事より…


「イレーネッ! 大丈夫ッ!?」


 イレーネの姿が見えた途端、咄嗟に口から流れたのは彼女を気遣う言葉だった。

 ズゥオさんの馬の背から飛び降りて彼女の方へ走り出す。愛馬アイリーンにしがみついて震えたままだ。

 ヨゼフ達はイレーネを守るように兵士達に立ち塞がり睨み合っていた。一体何が…。


「おい、いい加減わかってくれないか? こちとら先を急いでいる。この子がお前達に何をした?」


「黙れッ! その子供は我ら伯爵様の領内では見かけもしない子供であるッ! 最近、帝国からの亡命者がこの王国に侵入してきていると耳にしているッ! もしもその子供が亡命者だった場合、我らは伯爵様に突き出さねばならんのだッ!! 即刻取り調べさせて貰おうッ!!」


 幾人かの兵士を従えた人物が、理路整然とヨゼフに対して不審な人物を引き渡せと要求しているのを聞き、ようやく事の次第を理解出来た。

 亡命者が王国内に侵入してきている…それって僕達の事が知れ渡っているって事?

 もしくは他の人物…例えばあの時、途中で別れたおじさん達とか。おじさん…上手く亡命出来たのだろうか。


「はぁ〜もう〜。…いいかい? 我々はジャン・ド・パラド伯爵の知り合いだ。一刻も早く伯爵にお逢いしたい。ここを通して貰いたいんだ」


「…ッ!! 貴様ッ! 何と言ったッ!? 伯爵“様”を呼び捨てだとッ! それに知り合いなどと虚言を吐かすとは……もうよい、お前達を全員捕えるッ!!」


 クワンの言葉を聞き激昂の余りに男が手を振り下ろした瞬間、兵士達が一斉に槍をこちらに向けた。兵士達の眼球には血走った血管が浮き出る程の怒りが込められていた。


「ま、待って下さいッ! ボク達は本当に伯爵と知り合いなんですッ!! 伯爵に逢えば誤解も解け…」


「貴様のような“もやし”が伯爵様と知り合いの訳なかろうッ! …これ以上の問答は無用ッ!! 抵抗すれば痛い目をみる事になるッ! 大人しく我々に従うのだッ!!」


「も、もやしッ!? ボクってもやしなのッ!!」


 一人だけ意気消沈したドーファンは肩を落として捻くれてしまった。参ったな…本当に話しを聞いてくれる雰囲気ではなさそうだぞ。


「…どうやらこれ以上の問答は確かにいらねぇようだな。お前らには悪いとは思うけどよ、立ち止まっている暇はこちとら無いんだ。少しばかり痛い目みんのはお前さん達になるぞ」


 そう言い終えるとヨゼフは手にした槍を、馬上から兵士達に向けて構えた。

 や…やばい、これは何とかしないとッ!!


「ま、待ってよヨゼフッ! ここは一旦彼らの言う通りにしようッ!! まずは全員で捕まって、それから伯爵様に逢わせて貰えば…」


「我らに対し槍を向けた以上、貴様らのような野蛮な人物を伯爵様に逢わせられるかッ!! すでにそのような機会は(いっ)したと心得よッ!!」


「…だとよ、交渉決裂だな」


 いや、交渉の機会を失わせたのはヨゼフだからッ! あぁ〜もう…本当にどうしたら……




「……双方ッ! 武器を収めよッ!!」




 その時…やけによく通る声が大気を揺らし、心をも揺るがした。




 小高い丘から一騎の騎馬が現れた。太陽の陽射しがその人物の背後にあって、顔は陰影に覆われ未だ見えずのまま。

 けれども、その声には間違いなく威厳が宿っていた。武器を手にしていたはずの兵士達は武器を収め、その人物に対して膝を屈し、ヨゼフの持つ槍にも迷いを生じさせたのだから。


 丘から駆け寄り近づいてくる。一歩…また一歩と近づく度にその人物の姿が(あらわ)になる。

 眉間に刻まれた深い(しわ)と見事なまでのカイゼル髭が、そして…これまでの生きた年月を象徴する整えられた白髪が、周りの人間に向けて放つ威厳に重い圧を乗せながら…遂にその人物は僕達の前に現れた。


「…ジャン・ド・パラド伯爵」


 誰かが放った一言はやけにその場によく響いた。その分、やはりかの人物が噛み付いてくる。


「貴様らッ! 御本人を目の前にしても”様“を付けぬとは、どこまでの不届き者…」


「辞めよ、シャマ。私がそのような些事を気にするような狭量な者だと思わせたいのか。一体何があってここまでの騒ぎになった?」


 貴族なら自分の威光を高めるために自身への敬意に執着するものだと思ってた。

 でも、どうやら伯爵は違うようだ。些細な事だと切り捨て一蹴した。これだけでこの人には好意を抱いてしまう。


「ハッ! そこにいる少女が我々の質問にも答えずに通り過ぎようとし、もしや帝国の亡命者ではないかと取り調べようとしたところ、この者達が現れ我々の事を妨害しました。何より…この者達は伯爵様を知り合いなどという虚言を平然と吐き、我々を出し抜こうとしたのですッ!! そのような事は許されがたく…」


「それで…私に確認もせずに拘束しようとしたと…。どうやらこれは大きな失敗を犯したな、シャマ。…果たしてお許し頂けるかどうか」


「は? 何を仰って……」


 馬から下馬し、伯爵はゆっくりとこちらに近づいてきた。ビクビクと怯えるイレーネの元に歩み寄り、膝を屈めてこう言った。


「すまなかった。私の部下が粗暴を働いたようだ。領内での治安を保つためとはいえ、君を傷付けてしまった」


 領主たる者が一人の小さな少女に頭を下げている姿は異様だった。恐らく半世紀程の開きが二人にはある。それなのにこの人は自身の地位やこれまでの人生を気にかけるでもなく謝意を表した。

 後ろでは兵士達が驚きの声を上げ目を見張っていた。イレーネはただ一つコクリと頷いて、伯爵を見る事しか出来なかった。


「…さて、それから我が王にも不快な想いをさせてしまった。部下の責任は領主たる私の責任です。いかなる処罰をも受け入れる所存でございます」


「……………え? 我が“王”?」


 ドーファンの方へ向き直すと、目を閉じながら溜め息混じりに礼節を示した。

 成り行きを見守る兵士からキョトンと呆けた疑問符が聞こえる。そりゃそうだ、なんせさっきまで酷い物言いをした相手がまさか……


「伯爵。ボクは気にしていないから大丈夫。…あ〜でも、一つだけ気になっている事があるんだ。ボクって“もやし”なのかな?」


「………もやし? 一体何の事で?」


「…うッ! そ、それはッ!!」


「いやー、どこの誰とまでは言わないんだけど。ボクの事をもやしって思っている人がどうやらいるらしくてね」


「…ッ!! シャマッ!! き、貴様…この方がどなたであるかを存じ上げていなかったとはいえ、も…もやしなどと…」


「ひぃぃぃぃ〜ッ!! も、申し訳ありませんでしたッ!!」


「ば、馬鹿も〜んッ!!」


 シャマは即座に綺麗なまでの土下座を披露し、伯爵は彼の事をとっても怒ってくれた。僕達の大きな笑い声が伯爵領内で(とどろ)き、伯爵との出逢いは忘れられない邂逅(かいこう)となった。



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