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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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転生者の条件 七 かつての日々

 ───どれくらいの時間が経っただろうか。みんなは…もう寝たのだろうか。今はまだ目を閉じ自分だけの世界に閉じこもったままだ。

 瞼の裏には暗闇が張り巡らされ、否が応でも自分自身の事ばかりを考えてしまう。

 ……かつての自分は何だったのだろうかと、自信が無くなってしまった。あれだけ好きだった歴史に想いを馳せ、時間を見つけてはあの時代、あの世界の歴史の一頁を逡巡してきたというのに…僕は自らを顧みる事を些事と扱ってきたからこそ、こうして自身が誰なのかという事態に今さらながら直面してしまった。

 今まで透き通って見えていた景色が…まるで不透明な霧のベールを幾重にも張り巡らされたような世界に置かれてしまったような孤独感に包まれる。


 ”名前“。それはとても大事なものであったはずだ。生涯を通して幾度となく呼ばれ続けてきた最も聞き馴染みのある…そして、何よりもそれが自分自身を証明する確かな称号でもあった。


 名だたる槍の名手は、”名前は大事だからこそ認めた奴しか名前を呼ばない“と言った。


 救国の英雄たる王様は、”名前は大事だからこそ人は生まれてきた瞬間から名前を呼ばれる価値がある“と言った。


 ……それだけ貴重なものの存在が、僕の記憶にはない。あの世界で生きてきたという証が、今の僕には…。

 そうだ。少しでもいいから昔の日々を想い出そう。そうすれば名前だって想い出せるかもしれない。

 期待を胸に夏の夜空の下かつての日々に想いを向けた。




 ──※──※──※──


 古びた映写機を手で回す度にギコギコと鳴る音と共に脳内の独りぼっちの映画館で上映が始まった。

 映像の中には小さい頃の僕が映っていた。今とはまるで違う活発で元気な子供の姿だった。

 …あぁ、これは小さい時に自分で初めて造った工作だ。周りを器用な人達に囲まれて、自分も何か造らなきゃって想って始めたんだっけ。誰かのために造ろうと必死だった気がする。誰のために造ったんだっけ……。

 自然の中を駆け巡る瞬間に景色が変わった。野山を走り回り身体中が擦り傷だらけだ。それなのに映像の中に映る少年は笑っている。今の自分には、この時くらいの体力の十分の一も残ってやしない。本当にこの世界に来てから…身体は弱くなってしまった。

 またブツリと映像は途切れた。そこには懐かしいという感情を彷彿させる光景だった。……ここは、家だ。少しボロがきていたけど、掃除が好きな両親はいつも丁寧に家を綺麗にしていた。そのおかげで古めかしいながらに何不自由ない暮らしが出来ていた。

 一家団欒の風景へと移り変わる。そうだった……いつも丸いテーブルの周りに腰掛けて、狭い食卓の上に並べられたご飯をみんなで仲良く食べていたんだった。

 ……記憶の中では美味しい母の料理がズラリと並び、母は小皿に取り分けている。父と母との会話が聞こえてくる。今日は何があったか、今日は外が暑かったとか、明日は誰々と逢うとか…そんな取り止めのない普通の会話のはずなのに。やけにその声が…弾んで聞こえてしまうのはなぜなのだろうか……。

 次の瞬間、母はこちらを振り向き声を掛ける。




「──、母さんのためにあんな素敵なプレゼントをありがとうね。今日は貴方の好きな料理よ。一杯食べなさいね」




 名前を呼ぶ瞬間だけが切り抜かれたモノクロの映像フィルムが、そのまま延々と繰り返された。

 両親と一緒に食事をしている。たかが日常の一部かもしれない。だけど、その景色を二度と観る事の叶わない僕には宝物であった。

 ……それなのに、そこにいる自分はそこにいないように思えてしまった。そこには僕の大切な”名前“がなかったから。


 そっと放映中の映画館の席を立つ。周りに観客なんて誰もいないのに静かにそこから離れて。

 呼ばれるはずのない名前を呼んでくれる淡い期待を、背中越しに回る映写機から流れ出る両親の会話に耳を傾けながら、扉を閉じるその瞬間まで耳を澄ませ、一人には広過ぎる映画館を後にした。

 ………想い起こした自身への後悔を残して。



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