転生者の条件 四 ”本当の名前“
静寂な時を破らないように、彼を除いた全員が首で一つ頷いた。彼が横たわって倒れていた時に僕とイレーネは急いでいたあまりに帝国語で話しかけた。
人が倒れているという現実に直面して思わずいつもの言葉で話してしまった。瞬時にクワンさんは天を仰いで目を瞑ってしまったが、すぐに現実に呼び戻させられた。
彼が帝国語に反応を示したからだ。親切に介抱を施していたけど、彼がどんな人間なのかという人物像を探ろうと必死だった。
「そ、そ、それでは…わ、私はみんなと一緒にいられないのか?」
不安がすぐに彼を襲った。脳裏に自分が危険視されているのではと弱気な思考が突いた。
「……私の判断だったら、君を少しだけ面倒をみたら離れようとしただろうね。だが、そこにいる少年少女達はそれを許さなかった。特にカイ君は村人達の悪意から君を守ろうとした。君が一緒に我々とのみ動く機会を言うなれば創ったとも言える。誰にも干渉されないこの場所をね。神の導きってやつかもね。…その結果、君は転生者だという可能性を我々に示すまでに至った。なら、一緒に行動しない手はないと今では思う。それに君も力を貸してくれると言っただろう、ファン君?」
「よ、よ、良かった…」
身体を強張っていた緊張感が抜け落ちたようだ。安心の余り項垂れるように頭を地面へと向けた。
「君の記憶が戻って帰るべき場所がわかったら好きにするといい。君がその後も我々と一緒にいたい、その能力を役立てたいと想ったなら一緒にいればいいし、家に帰りたいと想ったなら帰るのもよし。それでいかがでしょう、ドーファン様」
「はい、それでいいと思います。ファンさん本人の意思を尊重すべきです。最後は貴方がお決めになって下さい。ファンさん。強要はしません。…ボクとしては有能な御方は近くにいて貰いたいと願っています」
「それって…暗に自分に仕えろって言ってるもんじゃないのかしら? ドーファン」
「あはははは、バレました」
ドーファンの密かでバレバレな企みに僕達は笑った。ファンさんの戸惑いながら言った“わ、わかった”という声は笑い声の中に消えていく。
一つの区切りがついたところで、さっきの会話で気になっていた点…ずっと気になっていた事を遂に聞いてみようと決心する。
「ねぇ…みんな。ちょっと聞きたい事があるんだ」
「ん? どうしたんだ、改まって?」
……自分でも薄々勘付いていた。ドーファンがなぜこの世界で“シャルル”という名を伏せているのかを知った時から。
「ドーファン…いや、シャルル。さっき僕にこう聞いたよね。“いつ自分が転生者だと気付いたか”って。僕はこの世界に生まれた時から、自分が転生者だって自覚があったんだ。でも…それなのに……」
そうだ。明確な違いはそこからだ。もし、シャルルが言う赤子の状態の転生の場合の通例が、シャルルと同じ状況…つまり強いショックから記憶が呼び起こされる場合だったとして…。
………違うな、もうわかっている。それが恐らく普通の転生なんだろう。なんせ僕は…
「どうしたの、カイ…? なんだか様子が…」
「シャルル、みんな。一つ教えて欲しい。みんなは…自分が転生者だ、転生したんだってわかった時、“自分の名前”を持っていたのかい?」
「はぁ? さっきからどうしたんだ? 自分の名前なんて初めからわかっているだろう?」
「そうですよ。自分の名前も何も、転生したとわかってから自分が何者かという記憶だって…」
「二人共。どうもカイ君の意図はそこではないようだぞ。……カイ君、君は何を望んでいる? 流石に私は名を明かすつもりはないが……うん? ”名を持つ“だと……。待て、それじゃあ君は……」
クワンさんは僕の知りたい答えに辿り着いたようだ。
この世界に来てから…小さい頃からずっと抱いてきた疑問がある。
なぜ…自分には過去の記憶、英雄達の鮮烈な輝きを想い出せるのに…どうして一番大事なものを想い出せないのかを。
「………僕は、自分の”本当の名前“がわからないんだ」
やっと筆者が書きたいテーマの一つに再び触れる事が出来ました。
ヨゼフとシャルルの二人に逢った時、この問題に言及していました。
以前はタグにも”名前“を入れていたのですが、これは物語の主柱にもなっているテーマです。
なぜカイは自分の本当の名前がわからないのか。ずっとずっと先でようやくわかるかと思います。




