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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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「…ありがとうございます。僕自身、こうしてファンさんの言葉に胸が()く想いです」


「こ、心の内を空っぽにしてはダメですよ。カ、カイは自分の中の正しいで胸を一杯にしていて下さい」


「ふふ…そうですね。そうしておきます」


 冗談も言い合えるだけ精神状態も安定してきたファンさんを見て、ハイクとイレーネと軽く頷きあった。


「と、ところで、本当に私も何か役立てる事はないかな? こ、こんな話し方だけど…す、少しは物の役に立つと思う」


「うーん、役立つと言ってもなぁ。今のところ困ってる事なんて……」


「あれ? カイとクワンで何か困っていること話してなかったかしら?」


 気付いたようにイレーネは言うけれど、何の事かなんてすぐにはわからなかった。

 (とぼ)け顔の僕を見て溜め息を吐きながら指摘をする。


「もうー、二人で言ってたじゃない。農耕に詳しい人がその辺に転がっていたらいいなってっ!」


「あぁ、そんな事も言ったね。確かに言ったけどあれは…ない物ねだりと言うか何て言うか…」


 そもそもあれはゆくゆくは欲しい人材を話していた会話の流れからであって、その辺に転がっているとは最初から考えてすらいないよ。


「の、の、農耕に詳しい人? そ、それをカイは望んでいるのかい?」


「そのうち逢えたらいいなぁと思っているんですけどね。こういう穀物を育てたいと考えていて」


 実際に見て貰った方が早いと黒い米の種籾を差し出す。すると、思ってもみなかった反応が返ってくる。


「こ、これは米かい? こ、こんな所でお目に掛かれるとは……」


「…ッ! 米を知っているんですかッ!?」


 まさか知っているとは思わなかった。しかも、文字通り倒れ込んでいたファンさんが知っているなんて…。


「あ、あぁ。知っている。そ、育てるというのは具体的にはどこまでを、し…視野に入れている?」


「…実は、どうにかしてこの国で栽培出来るまでにしたいと考えているんです。ファンさんは農耕をした経験がおありですか?」


 視野という台詞が出てきた時、恐らく農耕に従事した経験があるのであろうという予測が立った。

 少しくらいは話しを聞いてみたいという軽い気持ちで聞いてみた。

 しかし、そんな気持ちを叩き返すだけの内容を告げた。


「か、過去の人生は想い出せない…だけど、知識なら携えている。こ、こんな私でも…ど、どうやら役立ちそうだ」


 僕らの隣を流れる川へ意味あり気に視線を向け説明を始めた。川から一本の線を架空の図面に描き、ヨゼフ達のいる所まで指を伸ばした。


「の、農耕を行うには、ま、まずは何よりも重要なのは“灌漑(かんがい)”を整える事。こ、これを行わなければ良い土壌であっても、じゅ、十分に土地から収穫を得られない。つまり、灌漑をするための調査が、ひ、必要になる」


「「「おぉ〜ッ!!」」」


 まさに専門家とも言えるような台詞に一斉に感嘆の声を上げた。

 凄いッ! まさか灌漑の重要性にまで言及してくるなんて…。この人はただの農奴なんかじゃないのは明白だ。

 灌漑。つまり農地までの水源を確保するために河川から取水し、用水路を水田にまで引く事だ。

 ただ、それをどのように引くかなんて専門家じゃないとわからない。ファンさんの言葉振りには妙な説得力が垣間見え始めた。


「そ、そのためには隈なく地形を調べ上げる。どこにどのような地形があるか、ど、どこに水を引けば効率良く田畑に行き渡らせる事が可能かを調べる。……そうか、だから私は…た、高い場所に行こうとして…」


「どうしたんだ? 何か想い出せそうなのか? ファンのオッチャン」


「う、う、うん。何で高い山を目指したのかわかった。わ、私は多分…ずっと昔から高い場所に行くのが好きだった。た、高い場所から下を見下ろして、そ、それから…」


 ふと、彼は僕達の荷物に目を遣り、何かを欲しているような仕草で指を忙しなく動かし始めた。

 

「何か探しているの? ファン?」


「う、うん。な、何か書く物とかって持ってる? わ、忘れないうちに書いておきたいんだ」


 忘れないうちに…? 言っている意味はわからないけど、どこか落ち着かない様子だったから要望を聞き届けたくなった。

 書く物といえばやっぱあの人だよね。


「クワンさーんっ! ちょっとこっちに来て下さいっ!」


 手を振って呼んでみると、暇を持て余してウロウロしていたクワンさんがすぐにこちらへ飛んできた。


「何だい? 私の手が必要のようだね? いやぁ〜、やっと私の素晴らしさを…」


「クワンの手じゃなくて、クワンの持ってる書く物に用があるのよ。何か持ってない?」


「イレーネは私の扱いに大分慣れてきたようだね。胸の辺りにグサリと刺さるものがあるよ、はぁ…。まぁ、いいよ。これを使いたいのかい?」


 仕方なしに差し出された筆と黒いインクの入った小さな陶器の壺を見て、ファンさんは目の色を輝かせていた。

 急いでそれらを手に取ると、物を収納するのに使っていた大きな麻袋の一面に何かを一心不乱に描いていく。


「ちょっとッ! 何をしてるんだファンのオッチャンッ!」


「それは旅に必要な物よッ! 一体何を……」


 取り押さえようと脇に駆け寄った時には、その図は次第に立体的になり、全体像が徐々に明らかになっていく。


「……ほう、これはこれは」


 出来栄えはクワンさんを唸らせる程の立派な物であった。一枚の大きな袋に書かれた緻密な図は、並の人物には描く事は不可能と呼べるだけの目線から描かれたものであった。


「こ、こ、こんなものだな。……これがカイ達と出逢った、や、山と村までに至るここからの道のりと、ち、地形図。そ、それからすぐ横を流れるこの川。わ、私がこの地を開拓するなら、ま、ま、まずはここの街道整備と川の流れを変える。そ、そこから細かく用水路を振り分ける。こ、これが灌漑のための前調査。わ、私はこういうのなら多分…得意だと思う」

 



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