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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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言い慣れない言葉

 …村から離れても暫くの間は誰も話そうとしなかった。

 正直、僕はかなりショックだった。そうまでして人を貶めようとする社会機構の成り立ち、教会という存在。

 それらがこんな山奥の村にまで影響を及ぼすのを許容されている事実がだ。

 

 みんなも想うところがあったようで、一人一人が思案を巡らせ考えている。

 そんな中、村に入った時からずっと黙り込んだままだったファンさんが、重く閉ざしていた口をようやく開いた。


「……す、す、すみません。皆さん。わ、私のせいで辛い想いをさせてしまった」


 落ち込む姿は悲壮感を漂わせ、自責の念に囚われているのは明らかだった。


「君は気にするな。全ては教会勢力の教えのせいだ。君のせいではない」


 ファンさんの気持ちを慰めるために即座にズゥオさんは口を開く。

 何となしに状況を察していたのであろう。イレーネはファンさんの方に歩み寄ると、馬上越しに背中を労わるように優しく(さす)る。


「…大丈夫よ。安心して。きっと…大丈夫だから」


 台詞には何の根拠もなかった。彼の表情は見えなかった。それでも酷く傷付いた心を安撫させるのには十分だったのだろう。

 ……静かながらに鼻を(すす)る音だけが全員の耳の奥にまで届く。


 ………胸が…痛くなった。


「ごめんなさい。僕が余計な事をしたせいで…」


 そうだ。

 怒りに感情を任せたせいで…村人達の悪辣な感情を呼び起こしてしまった。

 必要のない罵倒の嵐にファンさんを晒す事なんてなかったんだ…。


「…………」


 ヨゼフは沈黙を貫いたままだった。

 まだ深く思考の奥底に身を宿しているようだった。


「カイ君。確かに感情のままに行動したのは褒められたもんじゃない。そこは君の今後の課題だね」


 何も言い返せなかった。着飾らない言葉で真っ直ぐに僕の心に向けられた助言だったから。

 それが正論であるからこそ、強い痛みが胸に生じた。


「しかし、そこまで深刻に自分を責めるな。教会が悪いのは当然だけど、あの村人達にも非があるからね」


「………えっ」


 思いがけない内容に耳を疑った。そこに至る思考の過程に理解が追いついていかない。


「クワン様。あの村人達が悪いとはどういった理由でしょうか? 彼らも教会の被害者ではないかと。教えが彼らの心を惑わしたとしか私には考えられないのですが…」


 同じ疑問を感じたズゥオさんはすぐに反応を示した。

 クワンさんは一目だけ全員を見遣ると、村人達の奥底に眠る感情を語る。


「それは根本的な原因だろう。だが、教会の教えに(なび)く方にも責任があると私は想う。なぜなら、村人達の心の内では間違いなく“優劣”をつけていたからね」


「優劣…」


 小さく呟いたキャロウェイお爺さんも聞き入るように、言葉の続きを待っていた。


「そうだ。優劣…つまり他人と自分を比べるという人間の中で最も卑下すべき事柄だ。村人達は嫌々ながらも教会の教えに従った様相だった。

だけど、心のどこか優劣をつける事への優越感があったのであろう。他人で…しかも自分よりも劣ったように思えた人間だ。自分よりも弱い立場の人間に向けてなら、蔑みを向けても言い返されもしない。そう、考えた。“自分よりもまだ下はいる”……そんな歪んだ思考を抱いたんだ。だから、カイ君もヨゼフ君もそこまで自分を責める必要はないんだ。彼らにも責任がある。人知れず惰眠を貪っていた感情を表面化させた教会にはもっと大きな責任がある。……まぁ、ヨゼフ君はそれをわかっていながらも“償う”って言ってるんだろうけどね。どこまでお人好しなんだか…」


「…ッ!!」


 沈んだ顔色は驚愕へと豹変を迎えた。

 誰にも知り得なかった感情を言い当てられたようで、焦燥がヨゼフの眉間の皺を深く刻んだ。


「どこまで考えているかなんてのは、その人自身じゃないから私にもわからない。だが、大方の人間なんてこんなもんだよ。感情が揺さぶられると人間は弱い。自分ではどうしようもない権力を振り翳され、どうしようもなく従わなければいけない状況に陥った時、人間は行動が制限される少ない状況の中で自分の振り翳す悪をも正当化する。……クッフッフッフ…教会の手腕はお見事だよ」


 目から鱗だった。

 考えもしなかった思考の過程に動揺を通り越し、強い関心を抱いてしまった。

 この人は一体…。


「…け、随分と饒舌家じゃねぇかクワン。胸糞悪く人の感情を読み解いてよ」


「フフ…自分の感情が読み解かれた事を否定しないんだね、ヨゼフ君」


「…ッ! ………」


「わ、わあッ! や、辞めてくれッ! 無言で槍をこっちに突き刺すなッ!!」


「ぷ…ぷふふ」


 重苦しい場に似合わない掛け合いに、少しずつだが笑みが広がる。

 いつしか笑顔は小高い声を上げる程に、硬直したみんなの顔を柔らかくさせた。一人を除いて。


「君は…まだ笑えないか。無理もないね。……だけど、君にも私は言いたい事がある。少しだけでもいい、顔を上げてくれ」


 固まったままだった首の筋肉をゆっくりと動かし、悲壮感に覆われた顔はクワンさんを見ることだけで精一杯だった。

 そんな衰弱を極めた彼に向けて、思い遣りは紡がれた。


「…許してくれ、人の弱さを。多くの人は自分の言葉がどれ程の武器になるかを知っていないんだ。本当の意味で言葉の痛みを知る者は、自分も同じような痛みを負った者か、()()()()()()()()()()()()。……だけど、言葉は諸刃の剣。人を貫く武器にもなれば人を守る武器にもなる。そこにいるカイ君のようにね」


 言われたままに彼はこちらへと顔を向けた。

 暗い瞳孔の中にある一つの白い焦点同士が、ようやく初めて重なった瞬間だった。


「カイ君は君を守ろうと必死だった。周囲の大人達の怒りにも怯まずにね。だから…君は謝罪の言葉よりも、別の重要な言葉を向ける必要がある。わかるだろ?」


 ポンッと背中を押されてハッとしたようで、一度大きく頭を掻きながら、言い慣れない言葉を絞り出す。


「………あ、あ、あり…ありがとう、カイ」


 食事の席で初めて言った“ありがとう”は、少し怯えたように見えた。

 だけど…今は違う。ファンさんの“ありがとう”の言葉は辿々しいものであっても、誰よりも凛と真っ直ぐに誠実な想いが込めれていたから。


「…ううんっ! どういたしましてっ!」


 届くといいなと想いながら、ありったけの笑顔で返事をした時…やっと彼の顔にはほんの小さな微笑みが生まれた。



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