誰かの視点 帝国軍のとある将校 一
前線から撤退の勅命が下り、煌びやかな帝国首都に舞い戻って来た。
……なぜあのタイミングで撤退なのだ。戦場全体を見渡せば我らが帝国軍の別働隊との挟撃という展開も十分にあり得た戦局でもあり、我らの軍もドワーフ王の軍を相手によく持ち堪えていた。
そんな状況下での撤退は多くの将兵の士気を削ぎ落とした。帝国とドワーフ国との国境線まで兵を引き上げ、元帥閣下とその本軍、並びに本作戦時の別働隊が前線に留まり国境警備を継続している。
たった一通の手紙が勝機を逸したのだ。これ程悔やまれる事案はなかろう。現に我が参謀達からも少なからずの不満の声が上がっている。
だが、勅命は皇帝の名によるものだ。その書には絶対不可侵の権威とあらゆる者をも従わせる力がある。
私もかの皇帝に敗れた身だ。敗者たる私には何事も唱える権力もなく、ただ皇帝陛下に従い続けるのみだ。
美しい造形が施された長い廊下を歩いていると、後方から近づく足音が一つ増える。
振り向くとそこには、私よりも階級が上の者がいた。すぐに横にずれて敬礼の姿勢を取り、その者が目の前を通り過ぎるのを待つ。
「これはこれは少将閣下。お元気そうで何よりです」
「…少しばかり気が早いのではありませんかな。中将閣下」
この男は私と同じ転生者だ。この男は転生前と同じ名前を公言して名乗っている。
自分の名の意味に誇りを持っているようだが、私には彼の生き方とその名前が全く違う意味を持つように思えてならない。
「先のドワーフ国との戦争でも功績を挙げた。そう呼ばれるのは当然の摂理だ。恐らく…我々が呼ばれた理由の一つでもあろう」
此奴も何かしらの功績を挙げたという事か…。だが、表立ってそんな話しは聞いていない。
となると…宰相閣下の謀略の一端を担ったという事か。
此奴の…いや、此奴らの得意とする分野であろうからな。
廊下の突き当たりの重厚で華美な扉を、両脇に控えていた士官が開く。
すると、そこには既に幾人かの姿があった。
「よくぞ参られた両将。さぁ、そちらへ」
上段の空の玉座の脇に宰相閣下が立っていた。
皇帝陛下は前線に常に出られているため、あの玉座に座られた光景は一度しか見た事がない。
実質、あの玉座の権威よりも宰相閣下がこの王都では大いなる力を持つ。
我々は言われた通り宰相閣下が手で示した場所に近づき、二人の将の脇に立つ。
一人はドワーフ国との戦いで共に戦った左翼の将。
もう一人は知性を有する将として名高い将だった。もっとも…それは宰相閣下に喜ばれるような知性だろうが。
「これで全ての者が出揃ったようだな。さて、それでは……」
「宰相閣下、一つお聞きしたい事がございます。此度のドワーフ国との戦いの最中に、なぜ前線から我々が呼び戻されなければならなかったのでしょうか。それ程の重大な事案があって、わざわざ呼ばれたと捉えてもよろしいのでしょうか?」
そんな一声を上げたのはあの左翼の将だった。
全身を漆黒の鎧で覆われ、この場においても表情を窺わせない深く被った兜を外す事はない。
だが、その声には間違いなく怒気が含まれていた。
勅命とはいえ、この場に宰相閣下の謀略に加担する将が二人も現れた。つまり、この陛下の勅命には宰相閣下の思惑が働いているのは明らかだからだ。
暗に問い詰める意味合いも込められた冷たい声音により、少なからずの不協和音が鳴り響いた。
ドワーフ国との戦いで書いた准将からの視点です。




