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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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ジャーマンポテト

 小刻みに煮沸音を鳴らす心地良い鍋の音を背景に、もう一つ小さな焚き火を作って料理に取りかかる。

 木桶の水に浸しておいた残りのジャガイモの水気を払い、入れ替えるようにその水の中に塩漬けの豚肉を放り込む。

 炙って食べるだけならこうする必要はないけど、肉料理として利用する際は一度水に浸けておく。中世の食事を調べてた知識がこんなところで役立つとはね…。


 ジャガイモを半月切りにした後ヨゼフにフライパンを持って貰い、そこに水を入れてジャガイモがある程度柔らかくなるまで茹でておく。

 …やっぱりトライポッドを造って正解だった。ヨゼフがフライパンを握り続けている光景を見ていると、隣で吊るされた状態のまま煮続けている鍋との対比により、トライポッドの利便性が目に見えてわかる。

 旅をしたとしてもわざわざ程よい大きさの木を探して組み上げる必要もなくなるし、探すための時間を取られる事もなくなる。


 トライポッドの出来栄えに改めて好感触を実感しつつ、鶏のもも肉を一口大に、水の中から取り出した塩漬けの豚肉を一cm幅に切っておく。

 そうしている間にジャガイモも柔らかくなっていた。爪楊枝などはないので箸でプスッと刺してみると、少しばかり力を入れるくらいで刺し通せる状態だった。余熱と炒めた時の熱で丁度いいくらいに仕上がってくれるだろう。


 茹でていたお湯を木桶の中に入れ、フライパンの水気を粗布で(ぬぐ)い、植物油をフライパンにひく。お湯は食べ終わった後の食器を洗うのに使う。お湯だと油汚れも落としやすくなるからだ。

 先にヨゼフの分だけ作る。豚の脂もヨゼフは食べれないからね。フライパンにもも肉を入れて火を通し、表面にじんわりと焼き目がついてきたら、茹でておいたジャガイモと、ポトフを作った時に薄切りに切っておいた玉ねぎを入れて一緒に炒める。

 ジャガイモの香ばしい匂いが漂い、玉ねぎが薄い飴色に染まってきたところで、塩で味を調(ととの)えて、全体に味が行き渡るようにサッと炒め合わせる。

 ……よしっ! まずはヨゼフの分のジャーマンポテトもどきが完成だっ! 本当は豚肉もといベーコンを使うんだけど鶏もも肉で代用してみた。


 次は豚肉で作るジャーマンポテトだ。作る手順は大体同じだけど塩による味付けは、ほんの少しだけちょろっと行うだけ。

 水に戻したとはいえ豚肉は塩漬けされており、肉自体に塩気が含まれているので、ジャガイモと玉ねぎに味をつけるだけに留める。

 ニンニクや黒胡椒もあればより美味しく仕上がるんだけど、どうやらクワンさん達は持っていないようだった。

 今度手に入る機会が巡ってきたらまた作ってみたい。あとはフライドポテトなんかも作れるなら嬉しいんだよね。油を大量に使うから勿体ないと突っ込まれそうだけど……。


「良い香りが漂っていますね。おかげで食欲がそそられていますよ」


「あっ、ズゥオさん。持って来てくれたんですね」


 その手にはパセリが携えられており、すぐにこちらに差し出してくれた。柔らかい爽やかな香りが鼻をくすぐる。


「あとはこれを仕上げに振りかければ完成します」


「そうですか。では、皆を呼んで参ります」


「すみません。よろしくお願いします」


 呼びに行っている間に出来上がった料理をお皿に盛り付け、パセリを細かく刻んでポトフとジャーマンポテトの上にパラパラと降り注ぐ。

 こうする事で見た目も色鮮やかになって、より一層食欲を駆り立たせてくれる。何より食べた時に料理の美味しさを一段と引き上げてくれる。


「うわぁ〜。何だかとても良い香りがしますね」


「本当だっ! この匂いだけで俺は幸せな気分だなぁ」


「そうねっ! 今から食べるのが楽しみだわっ!」


「私もだ。一体どんな料理なのだろう」


 家で作業をしていたみんなも料理を待ち侘びていたようで、小走りのままこちらに急いで駆けつけて来た。

 

「これがジャガイモを使った料理だよっ! 鍋の方はポトフ、炒めてある方はジャーマンポテトって言うんだ。さぁ、みんな食べてみてっ!!」


 取り分けたお皿をみんなに渡し、よっぽどお腹が空いていたのかガッつくように食していく。


「おぉっ! こりゃあうめーなっ!! 肉も美味いけどカイの言ってたジャガイモってやつも美味いんだなっ! 怖いもんだと思ってたけど食ってみたらそうでもないんだなっ!!」


「大丈夫だよハイク。ちゃんとした調理をすればジャガイモは美味しいんだよ」


「本当に美味しいですね。塩漬けされたお肉とも合いますし、このジャーマンポテトっていうのは外はカリカリで中はホカホカの食感がまた堪らなく良いですね」


「茹でた後に炒めるからこんな食感になるんだ。気に入って貰えたようで何よりだよ」


 ハイクとドーファンはどうやらジャーマンポテトが気に入ったようだ。ジャンキーな味わいが好みのようだね。


「私はこちらのポトフが好きだな。色とりどりの野菜の味わいが滲み出ていて美味い」


「えぇ…何だか優しい味がするわ」


 クワンさんとイレーネはポトフをじっくりと一口一口味わっていた。


「ヨゼフの分のジャーマンポテトの味は大丈夫? 僕も初めて鶏もも肉で作ってみたんだけど…」


「あぁ、十分に美味いぞ。俺は鶏肉が好きだから満足だ。ジャガイモってのに肉の旨みが染み込んでいてさらに美味く感じるな。俺のために別に作ってくれてありがとうな」


「えへへ。満足してくれたようで良かったよ」


 どんな味になるか心配だったけど、ヨゼフに提供する前に軽く味見をしてみて、思ったよりも鶏もも肉とジャガイモの組み合わせもいけるんだなって新たな発見もあった。

 

「私もこのポトフが素晴らしいと感じます。日持ちが悪くなった野菜がこうも美味く食べられるのはいいですね」


 ズゥオさんは実用性を考えての感想を述べてくれた。確かにポトフは戦時中にも親しまれた料理であり、野菜を煮込めば美味しくさせてくれる料理として重宝された。歴史的に見ても人々の暮らしを支え続けた非常にありがたい料理だ。


「儂はこのジャーマンポテトと一緒に酒をガッと呑みたいのぅ」


「確かにな。これは酒とも相性がいいなぁ。だが…残念ながら我が家の酒は昨日で呑み尽くしてしまったよ…」


 ……どんだけ呑んだの。よくそれだけ呑んでも飽きないなと、呆れながらに眺めていたらキャロウェイお爺さんは後ろを振り返り、何やらゴソゴソと麻袋をあさっている。


「…そう言うと思ってまだ残しておきましたぞッ! さぁ、今夜も呑みましょうッ!!」


「おぉッ!! 流石キャロウェイだねッ! 呑もう呑もうッ!!」


「よし、今夜も楽しもうじゃねーかッ! 酒の美味い肴もこうしてある事だしッ!!」


 大人達はワイワイと昨日と同じ光景を繰り返そうとしていた。全く反省の色は見えない……。


「皆さん。…また頭痛を抱えながら朝の目覚めを迎えたいのですね?」


 ニコッと笑みを浮かべたズゥオさん。笑顔は浮かべてはいるものの(ほの)暗い意味ありげな笑みに、子供である僕達までもが関係なしにぷるぷると震えてしまうだけの迫力があった。

 こ、怖い……。


「い、いやぁ…ズゥオ。今日はそんなに深酒をしないつもりさ。なぁ、二人共?」


「う、うむ! そうですじゃ! 今日は早くに切り上げましょう」


「そうだな。それに今日はズゥオも一緒に呑めば問題ないだろう? アンタも固い事言ってないで一緒に呑もうぜ」


「……全く。皆さんは反省しているのかしていないのやら…。だが、一緒に呑むのは賛成です」


 最後の台詞で大人達は顔を見合わせ、互いの顔には自然な笑顔で笑い始めた。その表情はとても楽しそうで、見ているこちらまでもが微笑んでしまう。


「……そういう訳でドーファン様達には申し訳ございませんが、食べ終わったら先にお休みになってくださ。風呂はすでに準備済みです。今日もお疲れでしょう。早く寝て明日に備えて下さい。明朝(みょうちょう)にはここを()ちますから」


「わかりました。呑み過ぎないように自制をして下さいね」


「ふふ…無論、私が今夜は付いておりますので安心して下さい」


 ズゥオさんも今日は呑める事に内心では嬉しいのだろうね。いつもよりも顔に浮かべる笑みが深いように見える。

 “俺達は子供(ガキ)じゃねぇぞぉ〜”などと、後ろでは全く説得力皆無の反論の声も聞こえてくるけど、その声はすでに酒気を帯びているようで賑やかだった。


「ふー食った食ったっ! カイ、ありがとうなっ! とっても美味かったっ!!」


「カイもやれば出来るわねっ! 私も今日の料理を作れるようになるわっ!!」


 ハイクとイレーネも満足したようで御礼を言ってくれた。それだけで作った甲斐があると感じられる。


「本当にそうですね。ボクにも今度教えて欲しいな、カイ。…じゃあ、僕達は先に家に戻りましょう。明日からまた新たな旅が待っていますからね」


 食事を終えて食器を片付け家に戻る道中、後ろからは“ありがとうなぁ〜、美味かったぞぉ〜”と酔いながらも礼を述べてくれるみんなの声を聞いて、僕の心はとても穏やかで幸せに包まれていた。

 自分の作ったものを褒められるのは素直に嬉しかった。ありがとうの言葉で今日一日の労力が報われ、明日への活力を与えてくれる。

 大きな木桶のお風呂に入り頭にお湯を汲み上げて髪の毛を洗い流し、綺麗さっぱり身を整える頃には夜も深まっていた。

 こうして僕達は明日から始まる新たなる日々に想いを馳せながら、遠くから聞こえる楽しげな笑い声を子守唄として眠りについた。




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