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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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ポトフ

「さぁ、そろそろ行きましょう。皆様お腹を空かせてカイ殿の料理に期待を寄せているでしょうから」


「そうですよね…あっ、そうだ! ズゥオさん、”パセリ“とかって置いてありますか? あれば嬉しいんですけど」


「……あぁ! ”香芹 (シアンチン)“ですか! こちらの世界に来て(しばら)く経ちますが、言語には苦労しますね」


 わざわざ慣れた以前の世界での言語に言い直すあたり、ズゥオさんも未だに言葉には苦戦しているようだ。

 こんな妙な状況も転生者ならではだ。不思議な状況に可笑(おか)しくなって頭を掻きながら苦笑いを浮かべてしまう。


「ありますよ。ちょっと離れた所で育てているので私が取ってきます。野菜はカイ殿達の寝ておられる部屋に置いてあります。お好きな食材をご自由にお使い下さい。日持ちがそろそろ悪くなってきたものがありますので、そちらから使って頂けたら嬉しいです」


「わかりましたっ!」


 この地から離れる事が決まり、少しでも食材の無駄などを出したくないズゥオさんのためにも頑張ろうと奮い立たせられた。

 作ろうとしていた料理のコンセプトにも合っていたし、何より野菜は沢山使いたかったから、こちらとしてもありがたい。

 そそくさと野菜置き場に向かって必要なだけの量を頂き、ヨゼフとキャロウェイお爺さんの所に戻った。


「…おっ! すっかり準備が整っていますね」


「うむ。随分と時間がかかったようじゃのう、カイ」


「ちょっとズゥオさんと話しこんじゃって…」

 

 すでに火も起こされており、キャロウェイお爺さん自前の簡易的な料理道具もセットされていた。

 さらには水までも汲んで来てくれたようで、おかげで準備の手間も(はぶ)けた。


「何から何までありがとうございます、キャロウェイお爺さん。このまま一緒に料理作りも手伝って貰えますか?」


「無論じゃ。…おい、ヨゼフ! そろそろ起きろ! お前さんも手伝わんかっ!!」


「……ッぬわぁ! …いってぇ〜なぁ……人が気持ちよく眠っていたってのによ」


 機嫌良く寝ていたヨゼフは小気味のいい”ポコッ“という音の拳骨を貰い、(さまた)げられた眠気分の不機嫌さが顕著に顔に出ていた。


「疲れてるところ悪いけど一緒に料理を作って欲しいんだ、ヨゼフ。…働き以上の美味しい料理を作ってみせるからさ」


「…ったく、しょうがねぇ。手伝ってやるか」


 渋々といった感じを装っているが、スッと立ち上がると早く指示をくれと言わんばかりだった。

 美味しい料理という言葉に釣られたようで動きがソワソワしていた。……現金だねぇ。


「ヨゼフって豚肉は食べないんだよね?」


「あぁ、俺は反芻(はんすう)動物で(ひづめ)が分かれているものの肉しか食べねぇ」


 古代イスラエル人は神の命じられた言葉に従い、お肉を食べる事にも厳格な命令を遵守していた。

 このヨゼフの言う条件に当てはまるのは牛、ヤギ、羊の肉は食べられる。

 また、猛禽類など一部を除く鳥、あるいはイナゴなども食べていいものに含まれるそうだ。


 ヨゼフの食べられない食事として、反芻しないが蹄が分かれている豚、反芻するが蹄の分かれていないラクダやウサギなどのお肉は食べられない。

 水中に棲むヒレやウロコを持たないものもNGで、クジラ・タコ・イカ・貝類なども信条ゆえに食べられないのだ。

 こればっかりはヨゼフの信仰によるもので流石に責められないし、一品はヨゼフの分だけでサッサと作ってあげようと思う。


 豚肉以外の肉といえば、キャロウェイお爺さんのいた村を出発する時、村の人達が持たせてくれた鶏の肉が一羽分あるくらいだ。

 少しばかりの量だけど、これだけでも本当にありがたい。せっかくならこれを使ってみんなが食べられる鍋を作ろうと思う。

 それはポトフだ。火にかけた鍋を意味するフランスの代表的な家庭料理の一つ。八世紀にはすでに”viande au pot(鍋にかけた肉)“という料理があったそうで古くから親しまれてきた料理だ。


 まず、野菜とお肉の下拵えをする。

 先ほど手に入れたジャガイモを始め、少し硬くなったり(しな)びてきていた人参や玉ねぎ、キャベツといった野菜を並べ、水洗いが必要なものは丁寧に洗った後、軽く水気を切っておく。

 その間に鶏の肉を部位ごとに切り分ける作業をヨゼフが担当し、キャロウェイお爺さんには塩漬けにした豚肉を一cm幅で切って貰っていた。

 野菜の水気が切れたらこちらもどんどん切っていく。鍋用の野菜達であるキャベツはざく切りに、にんじんは皮を剥き大きめの乱切りに、玉ねぎは二cmのくし切りにする。

 そして、ジャガイモの皮剥きだ。二人にもジャガイモの剥く時の注意点だけはどうしても伝えておきたかった。


「ジャガイモの皮を剥く時は、こんな風に窪んでいる所に芽がある場合、必ず取り除いて欲しいんだ。あと、表面の皮の一部が緑っぽい色をしたジャガイモは表面の皮を厚く剥いて。全体が緑に染まったジャガイモは使わないでね」


「どうしてだ? 捨てるのは勿体ないだろう」


「ジャガイモが”悪魔の植物“って言われてた理由は、全てが間違いではないんだよ。このジャガイモの芽と緑色の部分、これは自然毒、天然毒素とも言われるソラニンってものが原因なんだ」


 芽から育った葉や茎にもソラニンは含有されている。クワンさん達がこれを食べて気持ち悪かったという理由もソラニンが原因だ。

 神経に作用する毒を持ち、頭痛や嘔吐、胃炎という中毒症状に陥ってしまう。


「それに、緑色に染まったジャガイモも捨てる訳じゃないよ。これも旅に持って行って然るべき土地で種芋として使うんだ」


「種芋じゃと?」


 種芋とはジャガイモを栽培するために畑に植える芋、いわゆる苗のようなもの。これに緑色になったジャガイモも使用する事が出来る。

 栽培に使う種芋は植え付け前に催芽処理というものを行う。ジャガイモは芽が出ていない状態の時は休眠してしまう。この休眠を覚まさせないと栽培には使えない。そのため種芋に光をわざと当てて芽の発生を促す。

 催芽処理をする事で種芋から芽出しを行って休眠を破り、生育できる状態を強制的に作り上げる。

 この過程で種芋は必ずと言ってもいいくらいに緑化する。芽が出た種芋を畑に植える事で芽が伸びて茎となり、地上で葉を広げて育っていく。


 緑色のジャガイモは料理には使用出来ない。

 しかし、こうして新たな生命の糧として芽吹いていく様は、大地に大いなる恵みをもたらし、人類の飢餓を救う手立てとなる無駄が一切ないありがたい食物だと再認識させられる。


「なるほどのぅ。そうやって有効活用出来るのもこれの良い点じゃのう」


 関心深そうに剥いていたジャガイモを掲げて眺めるキャロウェイお爺さん。

 短刀を使って器用に剥かれたそれは、初めての出来とは思えないくらいに本来のゴツゴツとした輪郭を保ったままであった。


「切り終わったら水にまた浸しておきます。その間に鍋でお肉を焼いておきましょう」


 鶏肉の部位は、手羽元、手羽中、手羽先を使用する。それぞれ一羽から二本ずつ取れるから計六本。

 僕がポトフのお肉を控えればみんなに行き渡る。みんなには美味しいものを堪能して貰いたい。そのためなら少しぐらい我慢出来るし、スープには肉の出汁だって出てくれるからそれで十分。

 肉に軽く塩をまぶして下味をつけておく。

 ジャガイモも五分から十分程水に浸けておいたら、水気を切って食べやすいように一口大に角切りでカットしていく。


 使用する油も植物油だ。これはキャロウェイお爺さんの村を出る時に村の方々の御好意で頂いた物。

 ヨゼフの食べられない物を村の人達も覚えていたみたいで出発する時に準備してくれていた。

 鍋に植物油をひいて、肉の表面に焼き色がつくまで加熱させる。こんがりとした焼き色になってきたら、水と切った野菜達を入れてぐつぐつと煮ていく。

 水が徐々に煮立ってくると同時に、肉汁と野菜の旨味が鍋全体に広がっていく。


 ……よし、ひとまずはポトフの方は大丈夫そうかな。後は仕上げで塩を入れるだけだ。

 ポトフを煮てる間にジャガイモとお肉が合う一品を作っておこう。

 そう、ジャーマンポテトだ。

 


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