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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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”天は全てを知っている“

 やっぱり中国の英雄だったんだ…。


 料理といい竹簡といい、それら全ては彼らが中国の出身であるのを裏付けていた。

 僕のいた時代の竹簡の出土品はほとんどが中国だった。日本では竹簡の出土例はなく木簡が使用されていた。


 竹簡以上のヒントになっていたのが料理だ。昨日から食した料理は中国特有の料理ばかりだ。

 特に大きなヒントになっていたのは“ルオモウ”。これも正しく漢字で書くとすれば“烙馍(ルオモウ)

 二千年以上前からある小麦粉料理だ。小麦粉で作った生地を薄く伸ばして両面焼き、中に具材を乗せて包んで食べるケバブや北京ダックのような料理だ。


 そして、その包み込む食材にもヒントが隠されていた。クワンさんは胡瓜を以前の世界で食べた事がないとも言っていたのだ。

 胡瓜の名前の由来が印象的だったから、僕は中国にいつ胡瓜が伝わったかも知っていた。

 中国の胡瓜の歴史は紀元前百二十二年に(さかのぼ)る。漢の武帝の時代に張賽ペルシャのバクトリアからシルクロードを経由して、中国に持ち帰ったのが始まりだと言われている。

 日本ではその故事にちなみ、西の方、外国を意味する“胡”という文字が使われ“胡瓜”と呼ばれるようになった。


 さらに、昨日から食べていた料理の数々。これらは“ある地方”に伝わる料理ばかりだった。

 そこから考えられるのは、クワンさんとズゥオさんはこの地方の出身者か、もしくはその近辺の出身者だという予想が立つ。

 以前の世界で紙ではなく竹簡を使用し、胡瓜を知らなかったというクワンさんは間違いなく、紀元前の時代に生きた人だとようやく断言出来るまでに至った。

 

 そして、ズゥオさん……。

 この人のヒントはかなり少なかった。だけど、目の前にある時の経過と共に(うつ)ろいで消えてしまうであろうこの文字、これは非常に大きなヒントだ。

 “左”と“翠微”。

 なぜズゥオさんが(ズゥオ)と仮の名を言ったのか…。恐らく、彼にとって馴染み深い何かが由縁なのだろう。

 そして、翠微(スイウェイ)。この字を見てようやく思い出した。

 なんで悲しい気持ちになったかを……やっと”想い出せた“。




 ──※──※──※──




 かつて、仲の悪かった将がいた。最初はお互いを嫌い合っていた。

 しかし、戦場を共にするうちに二人の将は気が合うようになっていった。

 彼らは何度も国を救い、いつしか彼らを人々は英雄と呼ぶようになった。

 とりわけ若い方の英雄は人々からの人望も厚く、多くの人は彼を慕っていたのだ。


 だが、国を救った若い英雄に待ち受けていたのは…国からの感謝や賛美ではなかった。

 国を救った後…国によって(ひとや)(とら)われ、彼に待っていたのは厳しい拷問の日々だった。

 ……彼は耐えた。辛い拷問が身体を(むしば)み、日々衰えていく悲痛な叫び声を上げながら。

 

 ”天は全てを知っている“


 そう彼は書き綴り、自身の罪は何もないと訴え続けたが…それが彼の遺書になった。


「なぜアイツが処刑されなければならないんだッ!! アイツは国のために誰よりも…幾度も国を救ってくれたではないかッ!! アイツは一体どんな罪を犯したのだッ!? どのような証拠をもとにアイツを捕らえたというのだッ!?」


 もう一人の英雄は必死で訴え続けた。なぜこうも酷い仕打ちをアイツが受けなければいけないのだ…と。

 しかし、無慈悲なる現実と言葉が浴びせられるのだ。


「………あった…かも知れない」


 ”罪があったかも知れない“。彼らに救われた国から出る言葉とは思えなかった。


「その程度の理由で…天下の人々を納得させる事が出来ると思っているのかッ!?」


 彼も叫び続けた。友を必死に救おうと(あらが)い続けたのだ。

 

 現実は残酷だ。国の意見をもはや(くつがえ)すだけの時勢ではなかった。朝廷内は一人の英雄の命を奪う事で、敵国との講和を進めていたからだ。




 一人の英雄は国を救い、そして…自らが救った国によって殺された。



 

 ある英雄が死んだ後…彼と当初は仲の悪かったもう一人の英雄は、二度と軍事に関わる事も用兵を語る事もなくなったという。

 人里を離れた家に住み、その家に名前を付けて静かに余生を過ごしたという。

 ……なぜそう名付けたか。それは、その死んだ英雄が“その土地の風景が美しい“と生前(つぶや)いていたのを、生き残った方の英雄が覚えていたからだ。

 


 

 ─────翠微(スイウェイ)……と。

 



 ──※──※──※──




「どうしたのですか…カイ殿?」


「………え?」


 そう言われて自分に訪れた変化にようやく気付いた。

 見つめていた木板は歪み、波打つような木目はゆらゆらと揺れ、目元から(こぼ)れ落ちた幾つもの(しずく)が文字の上に新たな水滴を垂らしていた。


「ご、ごめんなさい…。この文字を見ていたら、何だか悲しい気持ちになっちゃって」


「悲しい…ですか。なぜ悲しいのかは私にはわかりませんが、カイ殿の心中に及ぼすきっかけになったのですね。これは失礼しました」


「…ッ!! ち、違うッ! だってこれは……」


 ……そうか。もし、ズゥオさんがあの英雄だったのなら…死んだ後のこの出来事を知らないんだ。

 国に裏切られても…ただ一人、最後まで友を想い続けた彼の逸話を……

 

 手の甲で涙を振り払い、ズゥオさんに向き合って見つめ直す。

 その顔を見上げていると、なぜかドーファンの顔が浮かんでくる。

 ……シャルルが”救国の英雄“なら、ズゥオさんはきっと…”万民の英雄“なのだろう。

 彼ほど民の苦しみを味わった人物もいない。だって…彼が国に戻る時のあの話しが本当なら……どれだけの“痛み”を…”辛さ“を彼は知ったのかを推し量ると、胸の辺りがギュッと締め付けられるような苦しさを覚えてしまう。


 もし、僕の想い描いた人物であったなら全ての事に説明がつく。”左“の意味も…みんなの食事を見守っていた理由も。”尽忠報国“に込められた本当の想いも……。

 …ズゥオさんに伝えなきゃ。貴方が亡くなった後も貴方を”想い続けた“人がいたという事実を。



 クワンとズゥオの事が少しずつわかってきましたね。

 ズゥオは日本ではそれ程の知名度はありませんが、本場では多くの人が知っている英雄のようです。

 筆者も彼の生き方に心を打たれて、彼の想いを汲み取りたいと勝手ながらに書かせて頂いております。

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