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Spin A Story 〜この理不尽な世界でも歴史好きは辞められない〜  作者: 小熊猫
第二章 “冒険者編〜霞たなびく六等星達を求めて〜”
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竹簡

「ふーむ。試作品にしては結構上手く出来たんじゃないかのう。…じゃが、多少大きめに作っているとはいえ、このフックの耐久力は心許(こころもと)ない。最低限でもここは鉄にすべきじゃな」


 キャロウェイお爺さんから最低限の及第点は貰えたようだ。

 しかし、すぐに次に改善すべき点を挙げてくれた。職人さんの目は鋭い。


「そうですね。フックだけでも型を用いた成形加工をすべきだと僕も考えます。竹や縄自体の耐久性もひとまずは問題なさそうです。あとは実際に使用してどのくらいの頻度でどれだけの期間を使用可能か、使い心地はどうかなどの検証も必要になりそうです」


「ふむ…鋳造が必要じゃのう。にしてもカイが成形加工にまで理解があるとは驚きじゃのう」


 成形加工の歴史は古く、紀元前四千年頃にはメソポタミアで鋳造が行われていた。

 かつて金属は装飾品などとして鍛造品がわずかに使用される程度だったが、型を用いた鋳造の発明により金属製の武器や農具が盛ん造られるようになった。 キャロウェイお爺さんのいた村や僕達のいた村でも、鎌や(くわ)を農奴のみんなが使っていたから、この世界にも成功加工の技術がある事はわかっていた。

 

「人類の発展に関わってきた、色々な物や文化を知る事も含めての歴史が好きだったので。僕からしたらキャロウェイお爺さんの竹を使って造ってみようなんて発想は考えられなかったです。素晴らしい着眼点です。実用性と耐久性も申し分ありませんし、これを大量生産しようと考えた時さほどの技術も要らずに生産する事も可能です。繁殖力に富んだ竹を使用する事で安価に製造出来るなんて最高ですよ」


「見て触ってたまたま思いついただけじゃ。これならいけるんじゃないかとな。流石に繁殖力などは気にも留めんかったがのう。だが、儂も一緒に造っていて楽しかったわい。早速使ってみるか?」


「…それは賛成だな……はぁ〜流石に疲れたぞ」


 丁度作業を終えたヨゼフが後ろから声をかけてきた。振り返るとあれだけ一面を覆っていた竹林が、ちょこんと一面に残っているだけだ。

 よっぽど疲れたらしく、現れた途端にぐた〜っと地面に突っ伏した。何か食わせろと言っているのがよくわかる。


「お疲れ様、ヨゼフ。…あっ、もうこんな時間か。夢中でやってたから全然気付かなかったよ」


 空を見上げると辺りはすっかりと陽が落ちかけ、そろそろ夕食の準備をしなければならない時分になっていた。


「うーん、一つはこれを使って汁物を作ろっかな。もう一つはアレにしよう…。キャロウェイお爺さん、早速これを使ってみましょう。せっかくだから今日は外で食べようとみんなに伝えてきます。僕はそのまま食材を取りに行ってから戻ってきます。その間にヨゼフの鍋と、鍋に入れる水の準備、それから火を焚べるための枯れ木を集めておいて下さい。」


「うむ、わかったぞ」


 キャロウェイお爺さんに準備を託して、へばっているヨゼフを尻目に家へと戻った。

 扉は開け放たれており、喧騒とも取れるわいわいとした会話が聞き取れるが、近づくにつれて鮮明に聞き取れるようになっていく。


「ハイク君! 次はこれを運んでくれっ! イレーネ君は次にこれを縫っておいてくれっ! ドーファン様は残っている寝室の掃除をっ! ズゥオはそろそろ風呂の準備を頼むっ!」


「わかった!」


「ねぇ、人使い荒くないっ!? ずーっと動きっ放しよ!!」


「……そのくらい大丈夫ですよ、イレーネ。ボクが主になったはずなのに、なぜかバンバンと命令されるよりかはましですよ…。いや、手伝うとは言いましたけどね」


「わかりました。やっておきましょう」


 テキパキと指示を割り振るクワンさんの声と、半分は正直に、もう半分は嫌々ながら従っているであろうみんなの声だった。


「随分と楽しそうに片付けが進んでいるようだね」


「おぉ、カイ君か。そっちは終わったのかい? このペースだと我々は明日も少しだけ時間がかかりそうかな」


「クワンが手伝ってくれれば今日中に終わったでしょッ!! 全く…自分だけ座ってるなんて(ずる)いんだから」


 文句がブーブーのイレーネが言った通り、クワンさんは座って何かを書いていた。

 ……あれ? 紙に書いている訳じゃない?


「クワンさんの書いているのって“竹簡”?」


「ほう、これも知っているなんて君は本当に博識だな。ここには竹も生えているし、私にとってはこれが馴染み深い。流石に紙なんて高級品は、こんな所で生活していたら手に入れられないからさ」


 竹簡が馴染み深い? これは重大なヒントをくれたって事だろうか?


 中国の歴史書の後漢書には、宮廷の用度品の長官であった蔡倫という人物が、西暦百五年に後漢の皇帝であった和帝に紙を献上したと記されている。

 蔡倫が紙の発明者とされているけど、実際にはその二百数十年前には紙がつくられており、蔡倫は紙の製造法を確立した功労者であったと考えられている。

 紙が普及する以前は竹簡や木簡、国や地域によってはパピルス紙や羊皮紙などが使われていた。


 つまり、クワンさんはそれ以前の人物。西暦前に生きた人物という事だろうか? 

 それに昨日から食べている料理の数々。故郷のご飯だって言ってたけど……。

 とりあえず、現状の気になった事を聞いてみる事にした。


「何を書いているの?」


「暫くの間ここを立つと決めた以上、今のうちに公国の事やその人口、何となくの地形くらいは書き留めておきたいと思ってね。前もって書いておけばと今さらだが後悔しているよ…ははは。私とズゥオがいればこんな事しなくてもいいが、もし…我々に何かあった時の事を考えてね。そんな未来が訪れないのが一番だがね」


 普段よりも真面目さを感じさせる一面がそこにあった。

 それが意外と言えないのが何とも歯痒(はがゆ)く感じる。

 その横顔はとても真剣で、竹簡に記した一文字一文字をゆっくりと追う視線には、ある種の想いが込められているような気がした。

 だって、そんな事をしてしまえば…この歴史を紡ぐ事が禁じられている世界においてそれが意味することって……死を意味するはずじゃ…


「………なぜそこまで」


 小声で呟いたそれをクワンさんには聞こえていたようだった。

 すかさず彼は理由を語ってくれる。


「…なぜそこまで? 君なら理解してくれると思ったがね、カイ君。歴史を紡ぐというのは人類の生きた証拠であり、その最もたる証明となるのが“記憶”であって、それを後世に紡ぎ続けるのが“記録”だ。これこそ、人類が行い続けるべき所業の一つであると私は想う。幾千幾万の財宝と一つの記録が記された書が目の前に転がっていたとしたら…私は間違いなく一つの書を取る。そっちの方が私にとってはよっぽど財宝にも見えるからね。ようやく私も決心がついたよ……君達のおかげでね」


 ……この人は僕の考えていた以上の人物なのかもしれない。

 生半可な覚悟で着いて来るのを決心したのでない事がよくわかった。

 ここまで言い切ってまで、歴史の重要性・情報が持つ価値を理解している人物なんていないだろう。

 この覚悟に…僕は何かクワンさんに出来る事はあるだろうか……。

 それに…今の例え話しを僕は知っているような気がする。


「まぁ、これはこの地に残しておくよ。ここは人に見つかり辛いという点で申し分ないからね。いつか取りに戻れたら必ずここに来る。…と言うか必ず戻る。だってこの地は居心地がいいし、ズゥオなんてクイウェイ"とこの土地に名を付けて親しんでいるくらいだし」


 …またクイウェイだ。

 うーん、この言葉もずっと引っ掛かっているんだよね…何だかとても悲しい感情を想い起こす響きのある言葉。

 字で見れば何か思い出せるかもしれない。後でこっそりズゥオさんに探りを入れてみよう。


「ところで…どうだい? 私の事がわかったかい?」


「ふふふ…どうでしょうね? もうちょっと情報が欲しいかなって。クワンさんの“記憶”が」


「フッ…楽しみにしておくよ。で、君も手伝ってくれるのかい?」


 やっぱりヒントをくれていたようだ。

 ちょっとばかしだがクワンさんがこのやり取りを楽しんでいるような気がした。

 だが、僕まで作業に駆り出そうとする抜け目のなさは容赦がない。

 急いで否定してここに来た目的を話す。


「わわわっ! ち、違うよ! みんなに外で食事をしようって言いに来たんだよ! あと、料理をしたいから食材が欲しいんだけど…」


「それはいい話しだなッ! ズゥオッ! カイ君に今ある食材を見せてやってくれッ! いやぁ〜、ジャガイモという物がどう化けるか楽しみだッ! カイ君、期待しているぞッ!!」


「…う、うん」


「うわぁぁぁッ! やっとご飯だってよぉッ! あともう少しだから頑張るぞ、みんなッ!」


「そうねッ! ガシガシ作業を進めるわよッ!」


「えぇッ! 頑張りましょうッ!」


 張り切り気分になった一向からの妙なプレッシャーを感じつつ、僕は少し気重になりながらズゥオさんと共に食材置き場へと向かった。

 



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