ジャガイモ
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ジャガイモ。
人類の発展に貢献し続けた食物であり、意外にも歴史の表舞台で脚光を浴びるのは近年になってからだ。
なぜならジャガイモは“悪魔の植物”として長年に渡って忌み嫌われてきたからだ。
ジャガイモは南アメリカ大陸のアンデスが原産で、三千m級の高地でも繁殖出来る力強い植物。
意外な事にナスの仲間に分類される。綺麗な花の見た目はナスの花にそっくりだからだ。トマトやタバコも同じ仲間だ。
西暦五百年頃に栽培されるようになり、あのマチュピチュでも主要な食物として食べられるようになる。
ヨーロッパに伝えられたのは大航海時代になってから。
千五百七十年頃、インカ帝国滅亡後にスペイン人がジャガイモを本国に持ち帰った時だと言われている。
当時のイギリスのエリザベス女王もジャガイモを食したが、料理人がジャガイモの若茎を調理した物を提供したために、女王は食中毒になってしまった。
ジャガイモの芽と葉の部分には毒性がある。ナス科の植物は有毒なものが多く、中でもマンドレイクなどが有名だ。
また、ジャガイモ特有の繁殖方法は性的に不純だと教会で叫ばれた。動物も植物も雌雄によって子孫を増やすが、ジャガイモは種芋を植えて増えていくのでおかしいと異が唱えられたのだ。
聖書中にも記述のない植物だったので、ジャガイモの根っこ、つまり大元である芋を教会は否定したり、ジャガイモを食べると“らい病”になるという迷信まで民衆の間で広まった。
そのためイメージの悪さからフランスでは食料ではなく、綺麗に咲く花は観賞用として用いられたり、植物学者達の研究対象とされていた。
しかし、時は流れジャガイモの有用性に気付いた人が出てくる。食料危機が訪れたのだ。
寒冷で痩せた土地でも育ち、たった三ヶ月と少しで収穫出来るという魅力にイギリスの農場経営者が気付き、千六百六十二年に王立協会に提案している。
そして、さらに時代が進むと十八世紀頃にプロイセンのフリードリヒ大王がジャガイモの生産を推し進め、国内各地を自ら回って自身が食べる姿を見せる事で、人々の抱く悪いイメージの払拭を図った。
戦争時に田畑を踏み荒らされても、他の作物に比べて大きな被害を受けにくい作物として重宝したかったのだ。
ジャガイモのもたらす食料事情の効果は劇的に現れ、国力増強の一役を買う事になる。
フリードリヒ大王最後の戦争となったバイエルン継承戦争は、互いのじゃがいも畑を荒らしあった所以から“じゃがいも戦争”とも呼ばれている。
フランスでもその後、小麦に代わる主食足り得るものとして、パルマンティエ男爵という人物が救荒作物として国に提唱した。
彼は軍の薬剤師として従軍した際にプロイセンの捕虜になり、ジャガイモを食べて生き延びた経験を通じ、ジャガイモの有用性に気付いのだ。
その働きかけもあり、フランスでも徐々にジャガイモは広がりを見せるようになったのだ。
こうして長い時を経て、世界各国でもその存在が認められて大衆も貴族達も食するようになり、飢饉に強い食物として人類に愛されるようになり、実際にジャガイモは多くの人々の命を繋ぐという偉大な貢献を果たしてきた。
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「そ、それは毒なんじゃないの? 食べたら病気になるんじゃ…」
ドーファンは小動物のようにぷるぷると怯えながら、訝しむようにジャガイモを凝視していた。
キャロウェイお爺さん達の話しを聞いて、噂の信憑性の裏付けが取れたがゆえに、ジャガイモを危ない存在だと認識してしまっている。
「大丈夫だよ、ドーファン。これは調理方法を間違えなければとっても美味しい食べ物になるんだよっ!」
「ひぃぃぃっ! …カ、カイっ! ち、近いよっ!! それを持って近寄らないで〜!」
逃げ惑うドーファンをついつい揶揄いたくなって、茎ごと持って幾つものジャガイモをぶらぶらさせながら追いかけ回す。
…ぷふふふふ。ドーファンの怯える様子はちょっと可愛いらしく感じれてしまう。
「カイったら、そろそろ辞めてあげなさいよ。ドーファンが困ってるでしょ」
「う…ご、ごめんなさい」
お叱りの言葉がイレーネから飛んできたのでピタッと動きを止めた。
すると、全く恐れた様子もなくハイクとイレーネはジャガイモを手に取った。
「ふーん、これが美味くなるのかぁ。こんなゴツゴツしたのがなぁ」
「どんな味がするのか興味あるわ。カイはこれの料理も出来るの?」
「多少はね。そんなに期待しないでおいてくれたら嬉しいかな」
「そう、じゃあ期待しておくわ」
うきうき気分でジャガイモを手に取り、その味に想像を膨らませていた。
ふふ、そんなに楽しみな様子を見ると頑張ろうって気にさせられちゃうなぁ。
「うぅ…二人はよく怖くないですね」
よっぽど怖いのか未だに遠くに離れて物陰からこちらをドーファンは伺う。
「大丈夫だぞ、ドーファン。カイが大丈夫って言うんだからな。ほら、受け取れ」
「…えぇッ!? ちょっ……!!」
放物線を描きながら放り投げ出されたジャガイモは、わなわなと狼狽えるドーファンを目掛けて宙を舞う。
重力の自然落下により降下する段階に至った時、遂に覚悟を決めたようで上空に手を伸ばし、掌の中に掴む。
「……思ってたよりもゴツゴツしている。本当にこんな物が食べられるの?」
恐怖よりも興味が先行したようで、ようやくドーファンは落ち着きを取り戻した。
手の中でジャガイモを転がしながら手触りを確かめ、色々な角度から眺めている。
「美味しいよ。せっかくだから後で作ってあげるよ。いいよね、クワンさん?」
この人にも砕けた話し方でいいとは言われてけど、名前まで呼び捨てにするのはまだ無理そうだ。
ちょっと目には見えない威厳があるんだよね…この人。
「もちろんだとも。せっかくだから私も食べてみたい。よし、せっかく面白い物をカイ君が提供してくれるんだ。幾つかそれを持って帰ろうじゃないか。朝食もできている頃だろう」




