朝食に対する風習
「え? 朝ご飯も食べちゃいけないのか? それが欲とどう関係するんだ?」
ますます混乱したようで、疑問符がハイクの周りをクルクルと回っているのがよくわかる。
どちらにも共通するのは“欲”。
そして、歴史上それを謳った存在を僕は知っている。
「そうですね。王国内ではそのように“教えられています”。もしかして…みんなの感覚と違うのかな? 以前の世界でもそうだったから、それが普通だと思っていたんだけど…」
自信をなくしたように答えるドーファン。
そして、彼の言ったその文言をすかさずクワンさんは拾い上げる。
「それだッ! 私の知りたかったのはッ!! ……ドーファン様、一体誰がそのように教えているんです?」
教え。それは上位の身分の者や知識を有する者、あるいは特定の分野での立場から崇敬を集めている人物が教えるという場面を想像出来るかもしれない。
僕が考えた“欲”と“教え”。それらが結び合わせるものは一つに帰結されていく。
「礼拝堂です。礼拝堂で司祭がそのように教えていました。ボクも一度顔を覗かせた事があるのですが、その時に知りました」
「……やはりね」
そう。つまりは教会、宗教勢力がそのように人々を説いたのだ。
中世ヨーロッパでは教会が人々をそのように教え、“欲”を断つように訴えたのだった。
「実は私のいた公国でもそのような風習が広まっていたんだ。無論、それらが広まりきる前に公国は滅んでしまったがね。……だが、私は思うんだ。何かきな臭いなって」
「え? 風呂には村にいた時に入ってきたぞ。そんな臭いかな?」
「いつまで風呂の話題を引きずっているっ!? しかもその臭いじゃないっ! 私が言っているのはきな臭い、つまり怪しいという意味だっ!!」
見事に勘違いをしてくれたハイクのおかげで、場の雰囲気が少し和んだ。
怪しい? この世界でも同じような文化が根付いたって事じゃないかな。
「カイ君、ぜひ君の意見も聞きたい。君はこれらの話しを聞いてどう思う?」
「ふぇっ!? ここで僕の意見を求めるんですかっ!?」
思いもよらぬ被弾を浴びて狼狽えてしまう。
考えと言われても、僕はひとまず知りたかった事実を知れて満足なんだけど…。
「うーん、意見と言われてもですねぇ…。あっ、一つだけ気になった事はあります。ドーファンも言っていたように、以前の世界の長い時代にかけてその考えは確かに蔓延っていました。でも、ここって別な世界ですよね? それなのに何で同じような考えがこうも幾つも重なって広まっているのかなって…」
「……そう、それだよッ!!」
急に近づいて来て、ガッと肩を興奮気味に掴まれて熱量の強い同意を勝ち得た。
どうやら求められているのに沿った考えは提示出来たようだ。
「いいかい? ここは以前の世界とは違う世界だ。なのに似たような生態系、人種、文化や文明が多くある。これもまた不思議だと感じる点なのだがね……もっと不思議なのは、その“教え”とやらがこうも重なるものだろうか? それも急速に広まっていると私は考えている。私のいた公国でも大多数の者はその教え、風習に毒されていた。……何が言いたいかわかるかい? つまり…これには何か重大な秘密があると私は睨む」
「ねぇ、クワン。たかがお風呂と朝ご飯よ。そこに重大な秘密なんてある訳ないじゃない」
その意見を妄想のようだとイレーネは鼻で笑っていた。
「イレーネ君。確かに私の意見は空想にまみえたもののように感じるかもしれない。たかがお風呂とご飯かもしれない。それが何を目的にした事かなんて私にもわからない。だが…何事にも疑ってかかるのが生き残るための最善の手段だ……それが味方であってもね」
「…わ、わかったわ」
さっきまでの浮ついた様子ではなく、真剣さと鋭気が声に含まれていた。
鋭く切り裂く剣のような冷たい声音は、イレーネを押し黙らせるだけの気迫と意味深さに富んでいた。
疑う…味方であっても……この人の以前の生き方に何か関係があるんだろうか。




